海賊旗の下に花嫁席はない
海賊船長マリベルは、帝国艦隊に敗れた責任を取り、提督との政略結婚を受け入れた。婚姻すれば乗組員は恩赦、彼女だけが陸の宮殿へ幽閉される。
港の甲板に祭壇が組まれ、海賊旗は降ろされた。敗戦の日、マリベルは風を読み違え、仲間の船を二隻沈めた。恩赦さえ得られるなら、自分が見捨てられるのは当然だった。沈んだ二隻の船名は婚礼卓の脚に刻まれ、提督はそれを「悔悟の装飾」と呼んだ。マリベルは乗組員の顔を見れば決意が揺らぐと思い、最後の点呼にも出なかった。船長室の鍵は提督へ渡され、彼女の海図は「反省資料」として額に入れられている。陸へ上がる前から、船には自分の痕跡が残らないよう片づけられていた。
提督が指輪を差し出す。直後、一本の短剣が指輪箱を閉じた。
一等航海士カーヴが、愛用の短剣を箱の上へ置く。
「預ける。船長室へ戻るまで抜かない」
砲手トリシュは参列者の椅子を蹴ってどかし、樽を一つ置いた。蓋にはマリベルの名が彫られている。
「甲板の席。酒でも火薬でも、好きに詰めな」
防波堤の影では航海士バシュが小舟の帆を畳み、潮に逆らって係留していた。
「満潮が三回来ても待つ。海図は四人分引いた」
提督が兵を向けると、カーヴは短剣の柄を捻った。中から帝国の暗号命令が出る。敗戦時、提督は停戦旗を偽装し、マリベルの艦隊を浅瀬へ誘い込んでいた。彼女の読み違いではなく罠だった。
港の民衆が騒ぎ、帝国監察官が提督を拘束する。恩赦は婚姻なしで認められた。
それでもマリベルは樽へ座れない。罠を見抜けなかったのは事実だ。次の航海でまた船を失えば、三人も今度こそ別の船へ移るだろう。
「私はまた、海を読み損ねる」
カーヴは短剣を置いたまま、トリシュは樽の横へ二つ目の杯を並べ、バシュは帆布をさらに固く縛った。
「そのときは四人で座礁する」とトリシュが笑う。
マリベルは指輪を海へ投げず、提督の机へ戻した。誰の隣で舵を取るかは決めない。短剣、樽、小舟。三つの帰還場所を守るように、降ろされた海賊旗が再び甲板の上へ昇った。