消さなかった最終公演の記録
志摩崎望未は、推していたユニットRAY=RAYの解散発表を、会社の給湯室で知った。
スマホには通知が百件近く届いている。望未のファンアカウント「光量不足」は、結成直後から全公演の記録を続けてきた。古い衣装、会場の変更、メンバーが言い間違えた言葉まで検索できるため、ファンから資料室と呼ばれている。
涙をこらえて席へ戻ると、後輩が小声で言った。
「光量不足さん、今日は更新しなくていいと思います」
望未は立ち止まった。
後輩は入社前、就職活動に疲れた夜に「光量不足」の文章を読み、RAY=RAYを知ったという。望未のデスクにある透明なペン立てと、投稿写真に映る傷の位置が同じで気づいたらしい。
「誰にも言ってません。先輩が会社では違う顔をしてるの、理由があると思ったから」
後輩は、望未が休憩中に過去公演の日付を手帳へ書き写しているのを見ても、同僚へ話さなかった。仕事では感情を見せない先輩が、アカウントでは失敗したメンバーへ何度も温かな言葉を送っている。その二面性を「どちらが本物か」と決めるのではなく、両方が望未なのだと思っていたという。
身バレの恐怖より、最終公演を一人で受け止めなくてよい安堵が先に来た。望未は会議室を予約し、昼休みに二人で解散配信を見た。声は出さず、最後の挨拶に合わせて机の下でペンライトを一度だけ振った。
その夜、望未はアカウントを閉じる告知を書いた。推しがいなくなるなら、光量不足という名前も終えるつもりだった。
しかし投稿欄には、後輩から渡された付箋が貼ってある。
〈記録は、終わった人のためだけじゃなく、これから出会う人の入口です〉
望未は閉鎖告知を消し、最終公演の記録を投稿した。最後に、これまで避けていた一人称を入れた。
〈私は今日、会社の会議室で見届けました〉
本名も職場も書かない。それでも「私は」と書くだけで、資料室の奥に人が立った。
翌朝、後輩は何も言わず、透明なペン立ての隣へ一輪の白い花を置いた。