消された一行の影

学院受賞夜会で、共同研究から一人の名が消えていた。

 発表壇の論文には、モイラの名だけが残り、協力した令嬢の名は空白になっている。

「功績を独占するため、君が消したのだな」

 婚約者ステファノは、学生たちの前で告げた。

「卑劣な学者との婚約を破棄する」

 研究は、魔力の弱い子どもでも灯りを使えるようにするものだった。モイラは共同者と三年を費やし、失敗の頁にも二人の名を並べてきた。ところが受賞が決まると、ステファノは「王子妃の成果は純粋でなければならない」と口を出し始めた。名誉を守るという言葉で、誰かの名を消す準備をしていたのだ。

 モイラ・ハーネルは空白を見て、怒りより先に確信した。共同者は会場の隅で俯き、弁明すれば将来を失うと脅されている顔をしていた。モイラは彼女に証言を求めない。紙だけで終わらせる。正式提出後の論文には修正影写がかかる。消された文字だけでなく、最後に筆を入れた者の影まで残す証拠魔法だ。

「学院長メンデル。原稿を固定してください」

 メンデルは紙の四隅へ重石を置き、彼女に銀筆を渡した。真相を語るのは学院長ではない。研究規則を作ったモイラ自身だった。

 彼女が空白を銀筆でなぞると、消された共同研究者の名が青く戻った。続いて紙の上へ長い影が立ち上がり、ステファノの姿になる。影は彼の手で名を削り、モイラの筆跡に似せた線を重ねた。

「君の将来を守るためだ。共同者の評判が悪かったから外した」

「では、なぜわたくしが消したと告発を?」

 ステファノは答えず、婚約を戻せば研究費も地位も保証すると言った。

「保証する方が記録を消すのでは、何も残りません」

 モイラは受賞徽章を壇上へ置く。

「婚約破棄を受諾します。賞も再審査してください。正しい名前で受け取れない栄誉はいりません」

 今度は、誰の名も消させない。彼女は元婚約者に背を向けた。メンデルが、新設する自由研究院を任せたいと手を差し出す。モイラは消されない肩書を自分で作るため、その手を取った。