温室の午前四時

 農業高校の研究発表会当日、榊原絢葉のトマトは葉を垂らしていた。

 夜の冷気が入り、温室の温度が六度まで下がったらしい。三か月育てた二十株のうち、半分が黒く傷んでいる。

「管理担当は絢葉だよね」

 班長の皆川辰巳が、集まった教師の前で言った。

「何度注意しても抜けてるから。発表は僕一人でやります」

 研究計画も、糖度を上げる水量の計算も絢葉が作った。絢葉は、家の畑で規格外になった実を減らしたくて研究を始めた。水を減らせば甘くなるという単純な話ではなく、根を傷めない境目を一株ずつ調べた。辰巳は測定日には来ず、結果が出るとグラフだけを自分の発表資料へ移した。

 辰巳は班の連絡から彼女だけを外し、失敗した鉢を机へ置いて「雑草係」と呼んだ。昨夜は、絢葉が閉めた換気窓を自分も確認したと言っていた。

 絢葉は枯れた株を捨てず、センサー端末を発表会場へ運んだ。

 温室では、温度、湿度、窓の開閉、作業者カードを一分ごとに記録している。研究の成果は、実が赤くなったときだけではない。異常が起きたとき、何が変わったかまで説明するのが実験だった。

 発表の順番が来ると、辰巳は元気な株だけを壇上へ並べた。

「私の管理法で、糖度を二割上げました」

 教師が質問する。

「では、昨夜の低温障害は?」

「担当者の閉め忘れです。僕は早く帰ったので分かりません」

 絢葉が端末をスクリーンへつないだ。

《22:03 全窓閉鎖/榊原カード》

《04:07 北窓開放/皆川カード》

《04:09 南窓開放/皆川カード》

《04:12 温度低下開始》

 辰巳はカードをなくしたと言った。

 温室外の防犯映像には、午前四時、制服の上にコートを着た辰巳が映っていた。両側の窓を開け、元気な二株だけ自分の実習室へ運んでいる。

 さらに研究ノートの共有履歴では、絢葉の名前が前日に削除され、辰巳の名へ置き換えられていた。

 審査主任は、辰巳の発表者札を外した。

「皆川君は研究妨害と盗用で失格。県大会の代表研究は、異常の原因まで実証した榊原絢葉さんの個人研究として登録します」