潮に浮かぶ白い寝台

島の土地は狭く、漁で親を失った子どもたちは魚市場の屋根裏で寝ていた。競りが始まる前に布団を畳み、昼は寝床の存在さえ隠した。

島代官キリエは、廃船をつないだ浮き住居を造ると提案した。

「陸がないなら、海に家を置く」

費用は水揚げ量ではなく、競りで実際に売れた魚の代金百枚につき一枚。嵐で船が出なければゼロ。自家用の魚も対象外。集めた額は市場の鐘楼へ毎日掲示し、係留索、寝台、修繕積立へ三等分する。代官所が買う宴会用の魚にも同じ率を払う。

網元の一人が「自分の船を優先避難させろ」と多く払う提案をしたが、キリエは断った。負担額は設備の所有権にならない。嵐の時は子ども、病人、損傷船の順で桟橋を使う。その順位も大きな板へ刻んだ。

網元は、豊漁の時だけ負担が増える規則なら耐えられると頷いた。船大工は退役した二隻の船腹を開き、漁師は古い帆を壁にした。魚売りたちは浮き桟橋へ夜灯を寄付した。誰も強制されなかったが、自分たちの一枚が海へ沈まず形になるのが見えた。

孤児のボウは、寝台を船の進行方向へ並べる設計を止めた。

「揺れると頭がぶつかる。横向きの方が眠れる」

彼は幼い頃から船で寝ていた。さらに、係留索が一本切れても流されないよう三点留めを提案する。船大工は試しに波を起こし、その案の方が揺れが少ないと認めた。大工たちは黙って図面を回し、寝台を九十度変えた。さらに各室へ救命胴衣を人数分置き、点検日は子ども代表も署名することにした。

学校へ渡る朝の小舟も共同費で一便だけ用意され、操船当番には正規の賃金が出た。欠航基準も風速札で公開した。完成した夜、浮き住居は波にゆっくり揺れた。市場の騒音は遠く、白い寝台には清潔な布が張られている。ボウは枕元の丸窓から、自分たちの島を眺めた。

翌朝、漁船が出ると、浮き桟橋の先に新しい標識が立っていた。

――帰港先 白帆荘。

船乗りたちはその文字を目印に舵を切った。

海の上に、初めて「帰る方向」ができた。