災害通知の外側

海東璃々は、市の危機管理室で未来災害通知を受け取る担当だった。

三日後の火災、二週間後の土砂崩れ、半年後の感染症。通知が届くたび、璃々は避難計画を変え、人を動かした。救えた人数は画面に表示された。

最初の一年で百四十二人。二年目は三百人。

だが一つの災害を防ぐと、別の通知が現れた。避難先へ向かう車の事故、延期された祭りの日の落雷、助かった人が後に巻き込まれる火事。未来は枝分かれし、画面の死者数は決して零にならなかった。

璃々は眠らなくなった。通知を一件閉じるたび、別の場所に赤い点がついた。学校を休校にして落雷を避ければ、家にいた子が階段から落ちた。道路を封鎖すれば、迂回路で救急車が遅れた。因果関係が確かなのかさえ分からないのに、璃々はすべてを自分の選択の責任だと思った。家でも通知を見続け、夫の誕生日を忘れた。娘の発表会には行ったが、客席で堤防の図面を開いていた。ついに夫は娘を連れて家を出た。

「あなたは知らない誰かを救うために、知っている人を毎日失ってる」

それでも璃々は端末を置けなかった。

ある夏、未来通知に小さな一行が出た。

〈独居者一名、熱中症により死亡〉

場所は璃々の隣室だった。名も報道価値もない、一人分の通知。彼女は初めて仕事の手続きを待たず、壁を叩いた。返事がなく、管理人と部屋へ入ると、老女が床に倒れていた。

命は助かった。老女は退院後、璃々へ冷えた麦茶を差し出した。

「市全体は無理でも、隣なら見えるでしょう」

璃々は危機管理室を辞めなかった。ただ、勤務時間外の通知を切った。町内に見守り網を作り、災害訓練へ娘を招いた。娘は最初断ったが、老女が作った麦茶を飲みに来て、避難名簿へ祖母のような字で自分の名を書いた。離婚した夫とは戻れなかったが、発表会では端末を鞄に入れた。

未来の死者数は今も零にならない。

璃々はそれを敗北と呼ばなくなった。画面の外で呼びかけた一人の名前と、今日一緒に食べる人の顔を、数に埋もれさせないことにした。