炎の前に始まる映像
本間悠生は防火扉メーカーの図面係だった。高層ホテルへ納める扉の認定会議で、耐火試験映像の再生を任された。
契約条件は六十分間、炎を通さないこと。報告書には六十一分二十秒で試験終了、合格とある。営業部長の香坂は、ホテル側へ納入承認書を差し出した。
悠生は映像の冒頭に違和感を覚えた。再生時間は00:00だが、炉の温度計はすでに八百六十度を示し、扉の縁が黒く焦げている。
元の監視カメラ記録では、加熱開始は午前十時一分。扉の隙間から炎が出たのは十時五十八分。実際の耐火時間は五十七分だった。
会議用映像は十時四分から始め、そこを零分としている。
香坂は、炉が規定温度へ達した時点から計るのが正しいと説明した。
悠生は試験規格を開いた。計測開始はバーナー点火時。温度到達時ではない。規格文の該当箇所には、認証機関の確認印もある。
ホテル側の設計責任者は、三分なら安全余裕で吸収できるのではと言った。
悠生は扉の変形データを示した。炎が出る四分前から上部が基準の二倍たわみ、ロックが外れている。映像の開始を遅らせただけでなく、変形センサー二本のデータも削除されていた。
香坂は、認定が取れなければ工場のラインが止まると囁いた。悠生の兄もそのラインで働いている。
それでも悠生は動画ファイルの電子署名を開いた。署名時刻は十時五十九分、試験終了とされる十一時五分より六分早い。
悠生は試験炉の燃料流量記録も提示した。点火は十時一分二秒で、規定温度に達するまでの三分も正式な加熱時間へ含まれる。香坂は業界慣行を口にしたが、過去の合格試験はすべて点火時から計っていた。不合格の一枚だけ、時計の始点が動いていた。
炉の監視員三人の手書き記録も、開始を十時一分としていた。
ホテル側の役員が納入承認書から手を離した。映像は再び00:00へ戻ったが、契約決裁は炎が出た五十七分地点から動かなかった。