点呼にいない一人

午後六時、火力発電所の定期修理現場で避難訓練が始まった。

警報から七分後、協力会社の集合場所で一人足りないと報告が出た。

「配管班の羽鳥さんがいません」

警備員の藤綱真帆は、捜索班を建屋へ戻そうとする監督を止めた。

「点呼表の名前だけで入らないでください。まずゲート記録を見ます」

危険区域へ人を戻すのは最後の手段だ。訓練でも、間違った人数で捜索させれば、本番でも同じ動きをする。

ゲート記録には羽鳥の入場があり、退場はない。だが集合場所には、羽鳥と同じ会社の作業員が全員いると言う。藤綱は顔を知らない監督に名前を呼ばせるのではなく、一人ずつ協力会社証を掲げてもらった。

最後列の若い作業員が、羽鳥の証を持っていた。

「充電器のところで取り違えました。自分のは羽鳥さんが」

本人の名前は石動。点呼表では石動が集合済み、羽鳥が未確認になっている。二人が証を交換したまま別の作業区画へ入り、班長も顔だけで数えていた。

藤綱はそれで訓練を終わらせなかった。

「羽鳥さん本人を確認します」

無線で別の集合場所へ照会すると、羽鳥は電気班に混じっていた。腕には石動の証がある。二人とも避難していたが、記録上は一人が二か所に存在し、もう一人が建屋内に残っていることになっていた。

監督は「全員いたなら再開を」と言った。藤綱は点呼を最初からやり直した。証の番号と顔を一人ずつ合わせ、取り違えた二枚は警備所で再発行する。充電器へカードを裸で置かず、会社別の袋へ入れる手順もその場で決めた。

「本当の火事なら、いない人を探しに誰かが煙の中へ戻ります」

再点呼は予定より十五分遅れた。訓練責任者は渋い顔をしたが、報告書には避難時間だけでなく、誤った捜索を始めるまでの時間も記録された。

午後七時、訓練終了の放送が流れる。作業員が戻る列と、夜勤者が入る列がゲート前で交差した。

藤綱は二つの列を分け、入場者の証を一枚ずつ見る。

点呼は終わったばかりなのに、次の人数がもう増え始めていた。