点滴台のチューリップ
錦戸恵麻の更衣ロッカーには、毎週水曜、チューリップが一本届いた。
赤、黄、白、桃色。茎は濡らしたガーゼに包まれ、名札も手紙もない。夜勤明けに見つけるたび、恵麻は患者からの贈答品を受け取ってよいのか迷い、師長室へ届け出た。けれど送り主は現れず、花だけが増えた。無機質なロッカー室に、週ごと違う色の窓が開くようだった。
病棟では贈り物を断る決まりがある。だから恵麻は一本ごとに写真を撮り、談話室へ飾ってから処分した。捨てる瞬間だけ、誰かの「ありがとう」を拒んでいるようで胸が痛んだ。
候補は、花好きで有名な医師の蔵持、ロッカーの予備鍵を管理する病棟事務の武市、昨冬に退院した患者の娘・萱場。三人とも水曜には病院へ来ることがあった。
恵麻は四本目の茎に乾いた畑土が残っているのを見つけた。切り口は花鋏ではなく、細かなぎざぎざのある台所鋏。色の順番は、退院した患者がベッド脇のカレンダーに描いていたチューリップと同じだった。
その患者は、春を待ちながら自宅療養へ移り、ほどなく亡くなった。入院中、恵麻は、土に触りたいと何度も話す患者へ、売店で買った球根を三つ渡していた。「咲く頃には、窓の外へ出られますよ」と言ったことを、軽々しかったのではないかと今も悔やんでいた。
翌水曜、恵麻は武市に頼み、花を置きに来た人を呼び止めてもらった。現れたのは萱場だった。
球根は、患者が家へ戻ってから家族と一緒に植えた。亡くなったあとも芽は伸び、春に十数本が次々と咲いた。萱場は開いた順に一本ずつ病院へ運び、武市に託していた。
「名前を書いたら、母の最期を思い出させてしまう気がして。でも母は、看護師さんに見せるんだって毎朝数えていました」
恵麻は花を悲しい知らせとして受け取っていた。けれどそれは、患者が家の土に触れた日々の続きだった。
最後の白い一輪を、二人で談話室の窓辺へ飾った。自販機の温かいほうじ茶を分け、恵麻はゆっくり一口飲む。
「ちゃんと、春に間に合ったんですね」