無実を刻む宿泊証
伝令冒険者ケイルには、夜明けまでに無実を証明する必要があった。
王宮の青宝珠が盗まれたのは昨夜の鐘十二つ。彼はその時刻、北区の安宿で眠っていた。だが宿帳は鉛筆書きで、主人も不在。冒険者証には《窃盗容疑》の赤印が浮かび、昼になれば資格停止になる。
「今夜ここに泊まった証明では、昨夜の無実にはならない」
宿《刻時亭》の受付で、ケイルは吐き捨てた。
宿主ヴァネスは冒険者証と、彼が昨日から身につけていた伝令腕輪を見比べた。
「うちの商品は、ただの領収書ではありません。《一夜の所在を刻む宿泊証》です。腕輪に残った時刻も、宿の時計へ照合できます」
「後から書き換えたと疑われる」
「書き換えられないから、銀貨三枚いただきます」
ケイルは最後の金を置いた。
部屋には寝台と、壁へ埋め込まれた青銅時計が一つ。彼が腕輪を溝へはめると、時計の針が逆回転し、昨夜へ戻った。鐘十二つの位置で、腕輪から淡い映像が浮かぶ。
暗い客室。閉じた窓。寝台で眠るケイル。その下に、安宿の床板固有の木目まで映っている。
映像の隅には、盗難発生と同時刻に鳴った北区の鐘の影まで映っていた。距離も時刻も、言い逃れでは作れない一致だった。
青銅時計は映像を銀板へ焼き付け、王国認証の紋を打った。
「記憶ではなく、物が覚えていた所在です」とヴァネスは言った。
宿泊証が完成した瞬間、ケイルの冒険者証が熱を持った。赤い《窃盗容疑》が明滅し、証拠照合の青線に塗り替わる。さらに数秒後、《所在確認済》の文字が刻まれた。
ケイルは椅子へ崩れ落ちた。
「俺は、盗っていない」
「証明にも、そうあります」
彼は一晩そこで眠った。今度は疑われるためでなく、胸を張って朝を迎えるために。
出発前、宿代とは別に銀貨三枚を置いた。
「次から王都の任務前夜は、必ずここへ泊まる。俺の言葉を、物にも覚えさせる」
青い宿泊証を掲げ、ケイルは資格停止の時刻より早く通りへ走り出した。
ヴァネスが青銅時計を現在へ戻すと、入口のベルが鳴り、新しい一夜が宿帳の次の行を求めた。