無職二人の雨戸
鞍馬谷輝と野々瀬芽依は、海辺の古い家で暮らしている。
輝は親の遺した少額の信託収入、芽依は貯金で生活中。二人とも働いていないため、近所では「いつも家にいる若い人たち」と呼ばれていた。若いといっても三十代である。
家の雨戸は、閉めるたび大きく鳴った。
がらがら、ぎい、どん。
台風でもない日に動かすと、向かいの犬まで吠える。
「直そう」
芽依が言う。
「業者を呼ぶ?」
「お金がかかる」
「我々には時間がある」
珍しく意見が一致した。
ホームセンターで蝋と紙やすりを買い、午後から作業を始めた。
溝の砂を掃き、戸車の錆を落とす。
輝は五分で腰が痛いと言い、芽依は十分で茶を淹れた。
「休憩が早い」
「無職の作業は納期がない」
「正論だけど進まない」
縁側へ座り、麦茶を飲む。
潮の匂いが風に乗り、家の裏から干物を焼く香りがした。
二人は雨戸を一枚外したまま、魚の種類を当て始めた。
「鯵」
「鯖」
「秋刀魚」
「今は春」
結論は出なかった。
午後四時、ようやく戸車へ蝋を塗った。
雨戸を戻し、芽依が押す。
するり、と動いた。
二人は拍手したが、最後に戸袋へ入るところで「どん」と鳴った。
「八割成功」
「音量としては半分」
「次回改善」
「次回はいつ」
「台風の前」
先延ばしの予定だけ決まった。
夕飯は、近所からもらった干物を焼いた。
正体は鯵だった。
皮がぱりりと焼け、脂と大根おろしの匂いが台所へ広がる。
「私の勝ち」
芽依が言う。
「当てた記録は?」
「記憶」
「改ざん可能」
二人は味噌汁をすすった。
日が沈み、雨戸を閉める。
今までよりずっと静かに滑り、最後だけ小さく音を立てた。
向かいの犬は吠えなかった。
輝と芽依はその静けさを確認するため、閉めた戸の前でしばらく黙った。
古い家には焼いた魚と海風の匂いが残った。
全部直さなくても、昨日より少し静かな夜になる。
戸袋の隅へ置いた紙やすりにも、潮を含んだ夕方の湿り気が移っていた。
二人は残りの作業を明日へ回し、明日は雨なら休むことだけ先に決めた。