焼け穴の地図
葛西景遠は、地図の中央へ火箸を押しつけた。
和紙が焦げ、丸い穴が開く。穴の向こうに、甚九郎の膝が見えた。
「これでよい」と景遠は言った。「捕らえた敵の斥候へ持たせ、逃がせ。穴の場所に抜け道があったと思わせる」
帆苅甚九郎は地図を受け取った。
穴が開いたのは南の枯沢だ。敵がそこへ入れば、崖上から鉄砲を浴びせる。わざと焼いて隠したように見せる、安い罠だった。だが追い詰められた軍ほど、安い秘密を信じる。
「敵が疑いませんか」
「疑うから来る。人は書かれた道より、隠された道を選ぶ」
景遠は満足げに笑った。
地図には、もう一つ仕掛けがある。景遠は知らない。
甚九郎は城の水路と火薬蔵を、薄い胡粉で正確に描いていた。昼には白紙に見えるが、夜露に濡れると線が浮く。敵の斥候には、地図を谷川へ落として拾え、と伝えてある。
焼け穴は罠。浮かぶ白線が真実だ。
「敵が枯沢へ入ったら、外郭を捨てる」と景遠は続けた。「おまえの鉄砲組を残し、時間を稼がせろ」
「退き口は」
「ない」
甚九郎の部下は三百人。景遠は彼らを餌にし、主力だけ北の峠から逃がすつもりだ。その峠の先には、甚九郎の故郷だった村がある。七年前、年貢を拒んだため景遠が焼いた。今は墓標だけが並ぶ。
「三百で、どれほど持たせれば」
「死ぬまでだ」
「承知」
景遠は人の返事を疑わない。従う言葉しか聞いたことがないからだ。
牢で、敵の斥候は縄を緩められて待っていた。若い男だった。甚九郎が地図を懐へ入れると、男は小声で問う。
「城内の兵は助けると、敵将が約した。おまえも来るか」
「俺は残る」
「なぜ」
「罠が本物らしくなる」
追手を率い、わざと斥候を逃がす。それが甚九郎の役目だった。斥候が地図を川へ落とし、白線を浮かべるまで、味方の矢から守らなければならない。その後は景遠に気づかれる。
斥候が走り出す。甚九郎は十数えてから警笛を吹いた。
城門が開き、追撃の騎馬が夜へ出る。遠くの谷川で水音がし、やがて敵陣から三本の火矢が空へ上がった。