煤猫を白くする洗濯屋
煙突街に煤王猫が現れ、昼が夜になった。
歩くたび黒煙をまとう猫型魔獣を見て、工場主たちは操業を止め、魔導砲を屋上へ運ばせた。
洗濯屋のカイムは、煤の色に違和感を覚えた。
煙なら風に流れるはずなのに、猫の毛へべったり固まり、動くたび皮膚を引っ張っている。背中には乾いた油泥が板のように貼りつき、その下から赤い炎症が覗いていた。
「街を汚してるんじゃない。街の汚れを全部くっつけてきたんだ」
誰も聞かなかったので、カイムは洗濯桶を一人で大通りへ運んだ。
煤王猫が振り返る。赤い目と黒い巨体に膝が震えたが、彼は湯の温度を確かめ、灰石鹸を泡立てた。
「熱すぎない。たぶん、おまえのほうが熱い」
まず濡れ布を前足へ当てる。猫は爪を出した。カイムは手を引かず、固まった煤が緩むまで待つ。
一塊剥がれると、その下から銀色の毛が現れた。
猫は驚いたように自分の足を嗅ぐ。次には自ら桶へ片足を入れた。
大通りの真ん中で、巨大な猫を洗う仕事が始まった。油には柑橘の皮、煤には灰石鹸。毛を引っ張らぬよう根元から泡を押し、何度も湯を替える。黒い水が溝へ流れるたび、空まで明るくなった。
背中の板状の汚れだけは痛みが強い。カイムは蒸し布で柔らかくし、端から少しずつ剥がした。猫は唸り続けたが、一度も爪を振るわない。
最後の煤が落ちると、そこにいたのは月光のような銀猫だった。見物していた子どもが歓声を上げ、逃げていた職人たちも桶と乾いた布を持って戻る。カイムは一番柔らかな布だけを選ばせた。猫が毛を振ると、街の煙突から有害な煤が吸い出され、澄んだ白煙へ変わる。
額の泡模様が光り、カイムの洗濯板へ契約印が刻まれた。工場主たちは専属浄化師の報酬を競って提示する。
カイムは「まずこの子の乾燥が先です」と全部を後回しにした。
大布で包むと、銀猫はごろりと腹を出し、彼の膝へ背をもたせた。洗いたての毛は水分を含んでずっしり重く、指を入れると湯気が立つほど温かい。石鹸と陽だまりの匂いに包まれ、カイムの作業着までゆっくり乾いていった。