父の秘密アカウント
高校生の真籠まひるは、父・佐東木匡慈のスマートフォンに届いた通知を見てしまった。
《今夜も会いたい。君の丸い目が忘れられない》
《妻には絶対ばれない時間に来て》
《昨日の魚、おいしかった?》
まひるは母の小紋に画面を見せた。
「お父さん、浮気してる」
「魚で釣る女なのね」
帰宅した匡慈を、母娘は食卓の向かいに座らせた。
「スマホを見たわ」
「どこまで?」
「丸い目の相手に、夜会いに行ってるところまで」
匡慈は眼鏡を外した。
「説明しづらい」
「年齢は?」
「たぶん八歳」
「犯罪!」
「人間の年齢なら、もっと上だ」
「さらに複雑!」
「妻にはばれない時間って?」
「小紋、夜九時には寝るだろ」
「寝た後に出てるの?」
「十五分だけ」
「毎晩?」
「向こうが待ってる」
「昨日の魚って何」
「手土産。生だと食いつきがいい」
「食いつき!」
まひるが机を叩く。
「相手の名前は」
「公式には『みなも』」
「芸名まであるの?」
「本名は知らない」
「素性も知らない女に毎晩魚を?」
「連絡は誰としてるの」
「飼育員の漣戸さん」
「飼育員?」
匡慈は観念して、スマートフォンの秘密アカウントを開いた。画面には《夜のアザラシ観察日記》という名と、丸い目をしたゴマフアザラシの写真が並んでいた。
匡慈は近所の水族館で、閉館後の動物を紹介する匿名広報を手伝っていた。広報担当の漣戸が、アザラシになりきった文体で連絡していたのだ。
「妻には絶対ばれない時間」
「母さんの誕生日に、みなもの貸し切り餌やり体験を贈る予定だった」
「昨日の魚」
「撮影用」
「毎晩十五分」
「動画の投稿」
小紋は画面を指で送った。匡慈がアザラシへ真剣に話しかける動画が出てくる。
「『君だけを見てる』とも言ってるわ」
「カメラ目線をもらう合図だ」
「私には最近言わないのに?」
「人間は魚で目線をくれないだろ」
翌週、誕生日の貸し切り水族館で、小紋は魚のバケツを持った。
「あなた。今夜は私だけを見て」
匡慈が振り向くより先に、みなもが完璧なカメラ目線を決めた。
「負けたわ」
父の浮気相手は、魚一匹で家庭公認になった。