父はスマホが苦手
宮守纏の父は、スマートフォンが苦手だと言う。
「写真が送れない」
「画面が消えた」
「文字が急に大きくなった」
月に二度は電話が来るので、纏は電車で一時間の実家へ行き、同じ説明を繰り返した。
ある日、父の端末を見て気づいた。
写真はきれいにフォルダ分けされ、不要な通知も切られている。文字の大きさを戻そうと設定を開くと、最近使った項目に、纏が知らない機能まで並んでいた。
「本当に苦手?」
訊きかけて、やめた。
父は台所で鯖を焼いていた。
「せっかく来たんだから食べていけ」
「スマホを直しに来ただけ」
「魚が二切れある」
「最初から?」
「店が間違えた」
これも分かりやすい嘘だった。
二人で夕飯を食べた。
鯖の皮はぱりっと焼け、大根おろしへ柚子を少し搾る。味噌汁には里芋が入っていた。
「写真、送る練習をしよう」
纏は父の皿を撮った。
「これを私へ送って」
父は迷うふりをし、三度目で送信した。
「難しいな」
「今の、すごく速かった」
「偶然」
次の週、父から写真が届いた。
庭の椿、昼のうどん、買ったばかりの靴下。
説明を求めている様子はない。
纏は一枚ずつ返事をし、最後に〈次は何が分からない?〉と送った。
〈動画の撮り方〉
父はすでに動画も撮れると、纏は知っていた。
日曜、また実家へ行った。
父は鍋いっぱいの豚汁を作っていた。
「多すぎない?」
「分量を間違えた」
「スマホと同じくらい苦手だね」
「そうだな」
二人はついに笑った。
纏は父の嘘を暴かなかった。
父も、纏が気づいていることを知っていた。
訪ねる理由を「会いたい」へ変えるには、二人とも少し照れくさかったのだ。
動画の練習として、湯気の立つ豚汁を撮った。
父の指が画面の端へ映り、纏の笑い声も入る。
「失敗だ」
「消さないで」
そのまま保存した。
帰りの電車で、纏は動画を見直した。
牛蒡と味噌の香りまで画面から戻ってくるようだった。
父はスマホが苦手ではない。
二人は、会いたいと短く送ることだけが、まだ少し苦手だった。