犬だけが明日へ行く
小佐野岳志の町では、自治AIの時間障害で日曜日が終わらなかった。生体同期タグを持たない飼い犬だけが、再生処理から外れていた。
月曜の午前零時になると、空が一度暗くなり、また日曜の朝六時へ戻る。人々は何も気づかず、同じ買い物をし、同じテレビ番組を見た。
岳志だけが記憶を持っていた。そして飼い犬のルッカだけが、年を取った。
最初の数週間、岳志は喜んだ。仕事へ行かなくていい。十三歳のルッカと、何度でも川沿いを歩ける。雨の日は眠り、晴れの日は遠くまで出かけた。
だがルッカの足は少しずつ弱った。動物病院へ連れていっても、翌朝になると医師は初診の顔に戻る。薬は元の棚へ戻るのに、ルッカの体だけは戻らなかった。
岳志は必死になった。治療法を一日で試し、結果を次の日へ持ち越した。手術の予約を取りつけても、夜になる前に終わらない。獣医へ何百回説明しても、毎朝ゼロからだった。
「どうしてお前だけ進むんだよ」
ルッカは尻尾を一度振った。
岳志は妻を亡くしてから、変化を嫌っていた。家具も食器も妻がいた日のまま。ルッカは最後に残った家族で、老いる姿を見ないふりしていた。終わらない日曜日は、彼が望んだ世界そのものだった。
やがてルッカは歩けなくなった。岳志は治療を探すのをやめ、庭へ毛布を敷いた。日曜の朝に妻がよく焼いた、形の悪いパンをつくった。焦げた端を少しだけ犬に与えた。
同じ夕焼けを、二人で見た。
「明日が怖かったんだ。お前がいなくなるから」
ルッカは返事をせず、岳志の膝に鼻を乗せた。夜十一時五十八分、静かに息を止めた。
岳志は時計を抱えて泣いた。零時になれば朝へ戻り、ルッカも生き返るかもしれない。そう願った。
だが月曜が来た。
町は初めて別のニュースを流し、隣家の子どもは違う服で学校へ向かった。ルッカの体だけは戻らなかった。
岳志は妻の食器を箱にしまい、翌週から働き方を変えた。毎週日曜、老犬の保護施設へ通った。短い時間しか残っていない犬を選んで散歩する。
永遠が愛を守るのではない。終わると知りながら、今日の歩幅に合わせることが愛だった。
ルッカだけが先に明日へ行き、岳志へ道を残した。