畳に残る四角

匠海は、母に頼まれ、禎明の退院する部屋を片づけた。

禎明は母の再婚相手だ。膝の手術を終え、明日戻ってくる。和室の座卓をどけ、立ち上がりやすいベッドを入れるため、匠海と母は朝から家具を運んでいた。

押し入れを開けると、母が「あ」と声を出した。上段に、匠海の高校時代のギターケースがある。

「捨てたと思ってた」

「禎明さんが、残しとけって」

「弾かないのに」

「弾かないからって、帰ってこないとは限らないって」

匠海は返事をせず、ケースを廊下へ出した。

母が薬局へ行くあいだ、一人で座卓を持ち上げようとしたが重い。そこへ、病院からビデオ通話が来た。画面の禎明は病衣姿で、部屋の配置を細かく指示した。

「座卓は縁側側へ立てろ。畳が焼ける」

「退院前からうるさいですね」

「その部屋、お前が泊まるとき使うだろ」

「使いません」

「じゃあギター置き場だ」

口論しながら、匠海はスマートフォンを棚に立て、画面越しの指示で家具を動かした。禎明は膝を曲げられないくせに、寸法だけは正確だった。

ベッドを入れると、畳に座卓の跡が四角く残った。匠海は濡れ布巾を当て、アイロンの蒸気でへこみを戻した。禎明が「熱を当てすぎるな」と言い、匠海が「分かってる」と返す。二人とも譲らなかった。へこみが少し戻るたび、画面の禎明が満足そうにうなずく。その顔が腹立たしく、同時に、退院できる顔に見えて匠海は安心した。

母が戻るころ、部屋は歩行器でも通れるようになった。ギターケースだけが廊下に残っている。

「どこへ置く?」

母が聞いた。

匠海は和室の隅に立てた。ベッドから手が届かず、歩行器の邪魔にもならない場所だった。

「禎明さんが退屈なら、開けてもいい」

画面の向こうで禎明が眉を上げた。

「弾けないぞ」

「聴く方です」

匠海はケースのポケットへ予備の弦を入れた。自分が泊まらなければ、張り替える人はいない。

帰りに、母から退院後の当番表を渡された。匠海の欄は空白だった。彼は水曜夜に丸をつける。

「飯だけ置いて帰るから」

「十分」と母は言った。

和室には新しいベッドと、古いギターが並んだ。どちらのために戻るのかは、まだ決めなくてよかった。