発車ベルの声

駅の放送係が列車を案内する間、線路脇には黒い外套の侵入者がいた。

最終列車の直前、信号ケーブルが切断され、急行が手前で緊急停止した。監視映像には、フードをかぶった人物が保守扉へ入る姿が映る。同じ時刻、構内放送では係員が落ち着いた声で遅延を案内していた。放送室の窓にも制服姿の影があった。

だが、その夜の発車ベルは時刻表より四秒早く鳴っていた。さらに侵入者が走る映像には、放送係が語尾で漏らすのと同じ短い喘鳴が記録されている。駅長は、喘息持ちなど珍しくないと言った。

切られたケーブルのそばには、競合会社の工具が落ちていた。放送係は以前、その会社に勤めていた整備員が復讐したのだろうと証言した。工具の指紋も整備員のものだったため、逮捕状が準備された。

侵入者は左足を引きずっていた。放送係も机を立つ時だけ左膝を押さえるが、駅長は古傷だと説明した。さらに黒い外套の袖には、放送室で使う赤いマイクカバーの繊維が一本付いていた。外套を押収した人物は「駅のごみ箱で拾った」と言った。

保守扉の開閉記録は、放送係の認証番号で解除されている。本人は番号を盗み見られたと主張した。だが入力の最後に取消キーを一度余計に押す癖まで、普段の記録と一致していた。番号だけなら盗めても、指の迷い方までは盗めない。

私は放送記録を波形で調べた。遅延案内の間隔は一字一句同じで、咳払いまで二度完全に重なる。生放送ではなく、あらかじめ作られた音声だった。窓に見えた制服姿も、椅子へ掛けた上着が照明で揺れていただけだった。

次の夜、私は放送係に同じ案内を頼み、廊下から放送室を施錠した。放送が始まると、中にいるはずの係員は保守扉の前へ現れた。黒い外套の下から制服の裾が覗いている。

工具の指紋は、前の職場から持ち出したものに残っていた。事故を競合会社のせいにし、自社の保守契約を守るつもりだったのだ。

私は携帯無線で放送室へ呼びかけた。

「案内係、応答してください」

構内には録音の声だけが丁寧に響いた。

列車を止めた侵入者と、乗客を安心させた放送係は二人ではない。発車ベルが四秒早かったのは、一人が線路へ出る時間を作るためだった。