白い靴を預ける
未景は、白い靴と安全靴を同じロッカーへ入れた。
白い靴は、来月の式で履くためのもの。安全靴は、災害復旧現場へ派遣される社員に支給されたものだった。派遣期間は四か月。出発は式の十日前で、延期を願い出なければ、出席できない。
上司は「断っても査定には響かない」と言った。圭吾は「式は延期できる」と言った。どちらの声も、未景を自由にするためのものだった。それでも、自由には必ず自分の名前がつく。
派遣を受けるかどうかは、一回の電話で決まる。机の上の内線番号へかけ、希望を伝えるだけだ。
未景は白い靴の箱を開けた。試着したとき、圭吾は「似合う」と何度も言った。安全靴には、油性ペンで未景の名字が書いてある。まだ泥一つついていない。
式場から届いた確認票には、当日の歩き方まで書かれていた。派遣資料には、瓦礫の上では足裏全体を置けとある。どちらの靴にも転ばないための作法があり、未景はその両方を覚えていた。
仕事を選べば立派だと思われるだろう。式を選べば、人として当然だと言われるかもしれない。どちらの評判も、現場の夜や、空いた式場の日付を代わりに引き受けてはくれない。
圭吾から二件のメッセージが届いた。
〈延期料、確認した。かなりかかる〉
〈それでも、行きたいなら行って〉
未景は「行きたい」と声に出した。使命感だけではない。復旧の図面を引く仕事を、現場で覚えたい。式より大切だとは言えない。ただ、今はそちらへ行く。
ロッカーの鏡には、白い箱と黒い靴の間に立つ未景が映っていた。花嫁にも技術者にも見えず、ただ返事をする人の顔だった。
内線を押す。
「派遣を受けます。式の予定は、私が変更します」
上司が再確認し、了承した。
電話を切ると、未景は白い靴の箱に預かり札を貼った。保管期限は半年。圭吾との予定が半年後も残っている保証はない。
安全靴へ履き替え、白い靴をロッカーの上段へ押し込む。扉を閉める前に、一度だけ白を見た。
それから鍵を回し、泥のない靴で派遣説明会へ向かった。