白紙一枚に世界を描く

異世界召喚の翌朝、丹羽景の冒険者登録試験は、迷宮の簡易地図を描く課題だった。

机には入口から第一分岐までの白紙が置かれている。探索技能を測る羅針盤は回らず、魔力インクも一滴として光らなかった。

「能力なし。白紙を白紙のまま提出する才能だけはありそうだ」

測量試験官は笑い、制限時間の砂時計を返した。

景には、紙の外側まで続く細い格子が見えている。

《完全測量》

名を指定した領域一つを、一度だけ余さず地図へする。

課題の新人迷宮を選べば、確実に合格できる。能力を安全に使うなら、それが正解だ。だが机の後ろには、未帰還者の似顔絵が何百枚も貼られていた。地図がないため捜索できない迷宮、霧で消えた村、場所を変える魔王城。家族は発見料を払い続けているという。

景は白紙の上へ羽根ペンを置いた。

「領域名は?」

能力の問いに、彼女は答える。

「この世界」

《完全測量》を使った。

紙の四辺から白い帯が伸びた。

机を覆い、床を走り、受付、訓練場、建物の外へ広がっていく。帯の上へ山脈と海岸線が描かれ、街道、地下水路、空中島まで立体の光として浮かぶ。誰も到達したことのない大陸の裏側、深海都市、竜の渡り道。地図は壁を抜けてもなお書き続けた。

赤い点が、未帰還者の現在地として灯る。

三年前に消えたA級隊は迷宮の時間停止層で生存。霧の村は北へ七百里移動。王女をさらった魔王城は、王都の影の中。すべてに最短救出路まで添えられていた。

最後に、ギルド地下へ巨大な空洞が描かれる。

《未申告宝物庫》

《歴代支部長による依頼品横領・計八千四百十二件》

測量試験官の笑みが消えた。

王立地理院の院長が見物席から立ち、光の海となった地図へ靴を踏み入れる。彼は震える手で、一枚の未帰還者写真と赤い点を見比べた。写真にいるのは、二十年前に消えた彼の娘だった。

「生きている……道まである」

院長は帽子を取り、景へ深く頭を下げた。

新人迷宮の第一分岐など、もう誰も見ていない。

白紙の才能と笑われた一枚の上で、世界の余白が消えていた。