砂時計が尽きた後で
砂海を渡る隊商には、時間を止める聖女がいた。
アステラの胸には小さな砂時計が埋め込まれ、隊商主が上の硝子を指で弾くと、周囲の時が止まる。そのたび彼女だけが動き、盗賊を退け、荷車を直し、死にかけた者を運んだ。砂が落ち切れば、彼女の寿命が一年減る。
新しく護衛に雇われたファルクスは、三日目で仕組みに気づいた。
砂嵐の中、百人の盗賊が現れる。
隊商主は迷わず砂時計を弾いた。
世界が静止する直前、ファルクスは投げナイフを放った。狙ったのは盗賊ではない。隊商主の指輪についた《所有者の爪》だった。
爪が砕ける。
時間は止まらなかった。
「何をした!」隊商主が叫ぶ。
「命を削る道具から、あんたの指だけ外した」
だが胸の砂時計はまだ残っている。別の所有者が指輪を作れば、同じことが起きる。
ファルクスはアステラへ近づき、短剣を抜いた。
彼女は目を閉じた。砂時計を自分の所有印へ付け替えるのだと思ったのだろう。
刃は肌へ触れず、砂時計の硝子を囲む金枠だけをこじ開けた。
さらさらと砂がこぼれる。
落ちた砂は地面へ着く前に光となり、消えた。胸の穴も同時に塞がる。隊商主の契約書は風に裂かれ、一片ずつ砂漠へ飛んでいった。
「これで時を止められないぞ! 全員殺される!」
ファルクスは剣を抜き、荷車を円陣に組ませた。
「なら、普通に戦う」
盗賊との戦いは長かった。だが隊商は一人も見捨てず、夜までに峡谷へ逃げ込んだ。
アステラには北のオアシスへ向かうラクダが渡された。ファルクスは追っ手を防ぐため、峡谷の入口へ残る。
夜半、止まっていない足音が背後からした。
アステラが戻り、両手で一本の長弓を抱えている。
「時間はもう止められません」
「だから戻る理由はない」
「逆です。止められない今の一秒一秒が、初めて私のものです。その時間を、誰と過ごすか決めました」
彼女は長弓をファルクスへ差し出した。
「これは隊商主から奪った武器ではありません。オアシスで、私の砂時計の金枠と交換しました」
「自由になった最初の買い物が弓か」
「次は靴にします。あなたと歩くには、今の靴では痛いので」
ファルクスは弓を受け取らず、矢筒だけ半分持った。
二人の足元を砂が流れていく。もう一粒も、彼女の寿命を数えてはいなかった。