砂糖菓子色のドレス

 砂糖菓子色のドレスを着て料理を出すと、その料理は食べた人にとって最も幸福な味になる。代わりに、着る者はその料理にまつわる自分の記憶を失う。

 エリシアは菓子職人選定会の朝、祖母のドレスを箱から出した。

 店は今月で借地契約を切られる。王宮の専属職人に選ばれれば残せるが、審査員は技巧ばかりを好み、素朴な焼き菓子など見向きもしない。

 エリシアが出すのは、梨と蜂蜜のタルトだった。

 幼いころ、母を亡くして食べられなくなった彼女に、祖母が毎晩焼いてくれた味。焦げた縁を二人で奪い合い、雨音を聞きながら残りを朝食にした。店を継ぐと決めたのも、そのタルトを初めて一人で焼けた日だ。

 祖母は分量を紙に残さなかった。梨の熟れ具合を指で押し、蜂蜜の量は『今日悲しいぶんだけ』と笑って決めた。エリシアが受け継いだのは作り方ではなく、隣に立った時間だった。記憶を失っても手は動くだろう。けれど、なぜ焦げた端だけを少し厚くするのか、その理由は二度と戻らない。

 ドレスを着て出せば、審査員は自分自身の幸福な味として食べる。けれどエリシアからは、祖母との記憶が消える。

「別の菓子にしよう」

 助手のパウラは言った。

「店を残しても、理由を忘れたら意味がない」

 それでも店の厨房には、祖母が低い位置につけた棚も、背の伸びたエリシアが何度も頭をぶつけた梁もある。明日からそこが、知らない商人の倉庫になる。

 審査の鐘が鳴った。

 エリシアはドレスのリボンを結び、タルトを切り分けた。

 王妃は一口で泣いた。老騎士は目を閉じ、少年のように笑った。審査員たちは、失った故郷や家族や夏の日を、それぞれの舌に取り戻した。

 満場一致で、店の存続が決まる。

 拍手の中、エリシアは皿に残った小さな欠片を口へ入れた。

 梨。蜂蜜。少し焦げた生地。

 味は分かる。けれど、なぜこの組み合わせを選んだのか、誰に教わったのか、何も思い出せない。

「おばあさまの味ですね」

 パウラが泣きながら言った。

 エリシアは知らない人の名を聞くように、「おばあさま?」と繰り返した。