磔刑場に一度だけ響いた拍手
「魔力ゼロの道化に、観客まで用意してやったぞ」
司教の声が響き、黒瀬悠真を縛った十字柱が広場中央へ立てられた。
悠真は転移してから旅芸人一座にいた。
歌えないし剣も使えない。だが舞台装置を直し、子どもたちへ紙の玩具を作った。
ある夜、教会の奇跡劇で天井が崩れかけ、悠真は観客を逃がした。そのとき柱の中に隠された黒い結晶を見つけた。司教は翌朝、彼を聖具破壊の犯人にした。
処刑は磔と雷撃。
広場は透明な結界で覆われ、観客の恐怖を黒い結晶へ集める仕組みになっていた。教会は公開処刑のたび、その力で地下の魔物を育てていたのだ。
悠真の視界へ能力が現れる。
《共鳴増幅》
自分へ向けられた一つの音を、一度だけ世界規模へ共鳴させる。
司教が杖を上げる。
観客は沈黙していた。逆らえば次に柱へ縛られる。
雷雲が集まり、黒い結晶の中で角のある影が笑った。
そのとき最前列の少女が、両手を一度だけ叩いた。
悠真が以前、紙の鳥を作って渡した子だった。
小さな拍手は、恐怖の中であまりに頼りなく響く。
悠真は笑い、能力を使った。
ぱん、という音が空を割った。
拍手は百、千、百万の重なりとなって王都を駆け抜けた。十字柱の縄が震えてほどけ、結界に円形の波紋が走る。黒い結晶は内側から亀裂を刻まれ、地下で育てられていた大魔も、咆哮を上げる前に光の粒へ砕けた。
雷は悠真へ落ちない。
雲の中で拍手の波に押し返され、金色の雨となって広場へ降る。
司教の神力測定杖が勝手に反応した。
《共鳴源・一名》
《賛同可能数・上限なし》
表示した途端、杖は鐘のような音を残して粉々になる。
能力は一度で終わった。
それでも音は人々の胸に残っていた。
少女がもう一度手を叩く。
今度は能力ではない。
隣の母親が続き、旅芸人が続き、兵士まで槍を置いて手を合わせる。広場は本物の拍手で満ちた。
教皇代理として黙っていた老枢機卿が席を立ち、司教の前を通り過ぎた。
彼は自由になった悠真へ向かい、誰より先に両手を打ち鳴らした。
処刑を見るため集められた観客は、その瞬間から、悠真の次の一言を待つ観客へ変わっていた。