私の葬式から来た女
十文字常葉の四十五歳の誕生日に、喪服を着た自分が玄関に立っていた。
並行転送事故だと名乗った女は、同じ指の傷を見せた。向こうの常葉は三年前、家族を捨てて失踪し、昨日、法的死亡が認定された。彼女は遠隔映像で自分の葬式を見届けた帰りだった。
「いい葬式だった?」
「夫は泣かなかった。娘は来なかった。義母だけが私を褒めた」
こちらの常葉は、寝たきりの義母を介護し、夫の店を手伝い、大学を辞めた娘へ毎月送金していた。逃げた自分を軽蔑した。
「あなたは卑怯ね」
「あなたは、自分を善人の人質にしてる」
喪服の常葉は、失踪後に海辺の町で働き、名前を変え、初めて一人で眠れたという。だが自由になるほど、家族が自分なしで生きているか確かめたくなり、葬式へ接続した。
「私の世界へ来ない? 転送窓が閉じるまでなら」
その誘いは甘かった。こちらでも、夫は感謝より先に用事を言い、義母は常葉を実の娘の名で呼ぶ。娘からの返信は三か月ない。
常葉は旅行鞄を詰めた。玄関で、義母が「行くのかい」と尋ねた。
「少しだけ」
「戻らなくていいよ。あんた、ここにいると顔が死んでる」
常葉は鞄を落とした。許されたからではない。義母にさえ見えていたことを、家族で一度も言葉にしなかったのが腹立たしかった。
彼女は喪服の自分へ告げた。
「あなたの世界には行かない。でも、この家にも今まで通りには残らない」
翌朝、常葉は家族会議を開いた。夫に介護分担を、娘に送金条件の話し合いを、行政に短期入所を求めた。夫は怒り、娘は泣き、義母は途中で眠った。
喪服の女は転送窓の向こうで笑った。
「葬式より騒がしい」
常葉は初めて、自分が死んだことにせず家を出た。三駅先に小さな部屋を借り、週四日だけ戻った。
家族は壊れなかった。元にも戻らなかった。その不格好な変化こそ、葬式から帰ったもう一人の自分が置いていった香典だった。
新しい部屋の表札には、偽名ではなく十文字常葉と書いた。夫が訪ねてきても鍵は渡さず、義母を迎える日だけ予備を用意した。逃亡した自分を責める代わりに、逃げなくても閉められる扉を持つことにした。