空き瓶の木箱
有吉知佳は冷蔵庫から空き瓶を三本出した。宅配の飲むヨーグルトが入っていた瓶で、週に一度、角の牛乳店へ返す。回収日は明日だが、玄関先へ出しておけば店主が洗って再利用する。
ベルの診察を終えた夕方、知佳は瓶を今夜のうちに返そうと思った。老犬の心臓は限界に近く、獣医は「眠る前に少し外気へ出すなら」と言った。明朝まで持つかどうかは言わなかった。
瓶を布バッグへ入れると、互いに触れて軽く鳴った。ベルがその音に耳を向ける。散歩の合図だと思ったのか、玄関まで来て前脚を踏み替えた。
牛乳店までは緩い坂を下る。知佳はベルの胴をタオルで支え、もう片方の手で瓶を持った。歩くたび、かち、かち、とガラスが鳴る。ベルは一度ごとに耳を動かした。
店はもう閉まっていた。軒下に返却用の木箱があり、白い瓶が二本だけ入っている。知佳は布バッグから一本目を取り出した。底に乾いた乳白色の跡が残っている。洗い直そうか迷ったが、店の張り紙には「すすぐだけで大丈夫」とある。
一本目を置く。木の底で低く鳴る。二本目は隣へ。ベルは箱へ鼻を近づけ、若いころ飲ませてもらった牛乳を探すように息を吸った。
三本目だけ、口の内側に水滴が残っていた。知佳は瓶を逆さにし、最後の一滴が落ちるのを待った。ベルも地面の点を見ていたが、舐める力はない。
空になった布バッグを畳み、ベルの背へ軽く載せる。帰りは抱くつもりだった。知佳は三本の間隔を指一本ぶんずつそろえ、木箱のふたを下ろした。
軒先の値札には、牛乳百八十円、飲むヨーグルト百二十円と手書きされていた。知佳は三本分の預かり金を頭の中で足し、すぐ忘れた。ベルの白い顔が店の窓へ映り、木箱の瓶と重なって一本多く見えた。
店の奥に置かれた冷蔵庫が、閉店後も低く唸っていた。ベルはその音を聞くと、昔のように入口の段差へ前脚を置いた。知佳は開かない扉を押さず、背中へ手を添えて木箱の前へ戻した。
ふたの金具が留まり、瓶の音はそこで止まった。