空豆雲の収穫日
空に畑を作ると、雨の日が減る。
正しくは、雨雲そのものが畑になる。
ヴァンの浮島では、雲蔓に大きな空豆が実る。熟した莢は軽くなり、風車の吸入口へ流れ、殻を外されて保存庫へ落ちる。保存庫が満ちれば小型飛行艇が自動で山麓の市場へ運ぶ。
ヴァンは島の端に寝転び、下界を流れる雲を眺めていた。
空軍整備隊にいた頃、空を見る余裕はなかった。油まみれの作業衣で格納庫を走り、夜間警報のたびに翼へ登った。背中の布が焦げているのは、爆発寸前の機関を止めた夜の跡だ。表彰状は届いたが、翌日の勤務は減らなかった。
風車が低く回り、空豆が保存庫へ降る。
腕輪が震えた。
《空豆九箱、山麓市場が受領。売上金入金済み》
浮島の維持費を引いても、暮らしには十分。ヴァンは腕輪を裏返し、また空を見た。
整備隊では、異音を聞き逃さないため眠りまで浅くなった。浮島の風車は故障すれば自分で止まり、予備機へ切り替わる。ヴァンが耳を澄ませ続けなくても、空は落ちない。その安心は、どんな勲章より軽かった。軽いからこそ、眠る胸の上にも置いておける。
すぐに軍用回線が割り込む。
『第五飛行隊の整備士が不足。迎えを出す。直ちに戻れ』
元隊長の声だった。
「迎えは要らない」
『新型機はお前にしか直せん』
「設計書を残した」
『現場は紙どおりにいかん』
「だから整備士を育てろと言いました」
『命令だ。国防に関わる』
ヴァンは起き上がり、遠くの軍港を見た。かつてはあの旗を見るだけで体が先に動いた。今は、浮島の風の方が強かった。
「退役届は受理されています」
『恩給を止めるぞ』
「空豆がある」
『名誉も失う』
「昼寝には重すぎる」
軍用回線を遮断し、腕輪から軍章を外す。風に投げると、軍章は小さく光りながら雲の下へ消えた。
保存庫の扉が閉まり、本日の収穫終了を告げる。
ヴァンは島の端へ戻り、落下防止の綱を腰へ結んだ。安全を確かめてから帽子を顔へ載せる。下界では軍の鐘が鳴っていたが、雲の上まで届くころには、ただの遠い音になっていた。