窯の中の小さな雷

 室生鈴が菓子工房へ売り込みに来た日、王都では卵が金貨より高かった。

 工房は王立養護院へ毎週百個の菓子を納めていたが、今週は十個しか焼けない。契約を破れば御用達の看板を失う。鈴は卵を使わない試作を提案したものの、親方は『安物を子どもへ食べさせる気か』と日雇いの彼女を入口へ追いやった。

 疫病で鶏が減り、工房の膨らみ菓子は一日十個しか作れない。親方は鈴の提案を聞く前に追い返そうとした。

「卵なしで菓子が膨らむなら、雷竜もパンを焼く」

 鈴は小麦粉へ、重曹に似た白い鉱粉を少量混ぜた。鉱粉はパン工房で灰として捨てられ、酸っぱい乳清はチーズ工房から溝へ流されている。どちらも余り物だが、鈴は匙で正確に量る。多ければ苦く、少なければ膨らまない。使う瞬間まで二つを別々に置いた。別の器で酸っぱい乳清を用意し、焼く直前に合わせる。

 使った知識は一つ。アルカリと酸が出会えば気体が生まれ、その泡が生地を持ち上げる。

 混ぜた瞬間、生地の中で細かな泡が弾けた。鈴は泡が逃げる前に型へ流し、迷わず窯へ入れる。親方がいつものように生地を休ませようとした型は、泡が消えて平らになった。時間を置かないことまで含めて、一つの反応を菓子へ閉じ込める技だった。

 窯の小窓から見える生地は、誰かが下から押すように持ち上がった。鈴はすぐ型へ流し、窯へ入れる。

 親方の卵菓子がゆっくり膨らむ隣で、鈴の生地は小さな雷を閉じ込めたように盛り上がった。焼き上がりを割ると、穴は細かく均一で、酸味も鉱粉の匂いも残っていない。

 親方は半分に切り、重さを量る。卵菓子と同じ高さなのに、使った卵はゼロ。材料費は四分の一だった。

「翌日には固くなるだろう」

 鈴は朝に焼いて持参した同じ菓子を出した。指で押すと戻り、まだ柔らかい。

 店先で試食を始めると、卵を買えず菓子を諦めていた家族が列を作った。最初の二十個は、値札を書く前に予約で埋まる。

 親方は工房の卵配給表を外し、代わりに鉱粉と乳清の仕入れ票を掲げた。

「この菓子を百個。今日から工房の新商品にする」

 鈴へ渡されたのは日雇いの銅札ではなく、新商品開発主任の銀札だった。