竜に普通の空気を
「《呼吸補助》――次の一呼吸を、清浄な空気に置き換える」
竜狩り隊長ヘリガンは、ネムロの技能を聞いて肩をすくめた。
【技能:視界内の生物一体が次に吸う気体を、普通の空気へ置換する】
毒霧の中で一息だけ延命できる。それ以上でも以下でもない。火力も防御力もなく、連続使用には三十秒かかる。ネムロは後方の救護班へ追いやられた。
討伐対象は、硫黄火竜ヴォルガス。
火山の洞窟に棲み、口から青い炎を吐く。鱗は魔法を弾き、剣は熱で溶けた。隊長の大槍さえ片目を傷つけただけで、竜は怒り狂って大きく息を吸う。
ヴォルガスが吸い込むたび、洞窟の黄色い霧が渦を巻き、腹の鱗が青く透けた。吐息ではなく、体内で燃料と火を合わせている。隊の学者はそれを『竜の魔力』と呼んだが、ネムロには燃焼室に見えた。
救護班が退避する中、ネムロだけが竜の喉を見ていた。
前世の理科室で、炎の色と燃焼の条件を習った。火竜の洞窟には硫黄臭が満ち、天井近くには黄色い可燃性の霧が溜まっている。竜は空気ではなく、その霧を吸い、体内の火袋で燃やしているのだ。
ならば、燃料だけで満たされた袋へ、突然ふつうの酸素を送ればどうなる。
「隊長、伏せて!」
竜が次の息を吸う瞬間、ネムロは技能を使った。
洞窟の硫黄霧ではなく、乾いた清浄空気が火竜の肺と火袋へ流れ込む。
ヴォルガスは炎を吐こうと喉の火石を打った。
爆発は、口の外ではなく胸の中で起きた。
鱗の隙間から青白い光が噴き、巨体が内側から膨らむ。竜は一声も上げられず、岩床へ崩れ落ちた。外傷を弾く鱗も、体内の爆圧までは防げない。
静寂のあと、ヘリガンが煤だらけの顔を上げた。
「おまえは、何を入れた」
「どこにでもある空気です」
「毒でも爆薬でもなく?」
「はい。あの竜にとっては、それが一番危険だっただけです」
隊長は倒れた火竜を見てから、自分の竜殺しの紋章を外した。
「救護班へ送ったことを詫びる」
紋章がネムロの胸へ押しつけられる。
「次からは私が、おまえの三十秒を守る。竜が吸うものを決めるのは、おまえだ」