竜の口に鍋蓋を
《倒れた配信者のカメラが近くの人へ自動接続した?》
《映ってるの食堂の大庭鉄生じゃん》
《料理人が火竜を止める展開はさすがに仕込み》
人気配信者が意識を失い、救難設定によって最寄りの端末へ配信権が移った。
映像に映ったのは、地下食堂の料理人・大庭鉄生だった。彼の背後には避難し損ねた客四十人。正面の通路には《炉心竜》が首を差し込み、喉の奥へ白い炎を溜めている。
防火扉は溶け、退路はない。鉄生は厨房から、直径六十センチの使い古した鍋蓋を持ち出した。
食堂の鍋には、避難で置き去りになった夕食がまだ煮えている。鉄生は火を消し、客の人数を数え、最後に倒れた配信者をカウンターの陰へ寝かせた。戦闘経験はない。それでも毎日四十人分の熱と圧力を扱ってきた手だけは、少しも震えなかった。
《竜の口径、三メートル》
《次の火炎は鋼鉄を気化させる温度》
《その蓋、鑑定結果は普通の鉄製だ》
鉄生は客へ背を向けたまま、蓋の取っ手を握る。
「煮込みは、蒸気を逃がしたら負けだ」
炉心竜が口を開いた瞬間、鍋蓋を一度だけ投げた。
小さな蓋は空中で竜の口へ吸いつき、ぴたりと塞いだ。白炎が行き場を失い、首から腹へ逆流する。竜の鱗が内側から赤くなり、やがて全身から香ばしい煙を上げて床へ倒れた。
鍋蓋は元の大きさへ戻り、からん、と鉄生の足元へ転がる。
《口を鍋判定した!?》
《固有技能《密封調理》、蓋をした容器から熱と圧力を漏らさない》
《対象の大きさ制限なし。炉心竜、自分の火炎で内部加熱》
《客四十名、熱傷ゼロ!》
鉄生は蓋を拾い、歪みを確かめた。
「これはもう店では使えないな」
《そこ?》
《料理人が竜を丸焼きにした》
《本日のおすすめ、災害級》
客四十人が厨房から出ると、鉄生をただの食堂係と笑った常連が先頭で頭を下げた。鉄生は答えず、倒れた竜の熱で焦げかけたスープ鍋を火から下ろす。
《人気配信者の前後映像を照合。乱入は救難接続後》
《鍋蓋に付与効果なし、使用歴十四年》
《仕込みで十四年分の傷まで作れるか》
彼が最初に救ったのは客で、次に救ったのは夕食だった。
意識を取り戻した元の配信者が、震える指で切り抜きの題名を修正した。
【食堂のおじさんが乱入】から、
【火竜を一投で調理した料理長】へ。
更新と同時に、予約困難店ランキング一位へ地下食堂の名が躍り出た。