竜の谷の灰色麦

火竜が山を越えた年、谷の麦は灰をかぶった。

食べられる量は例年の半分。村人たちは冬を越すため、来春の種麦まで挽こうとしていた。領主ダインが製粉所へ着いたとき、最後の種袋が臼の前に置かれていた。

「それを食べれば、今冬は少し楽になる」

粉屋が言う。

「そして来冬、全員が飢える」

ダインは種袋を取り上げず、広場で必要量を計算した。食用麦は家族人数で配る。税は今年に限りゼロ。領主館の備蓄も同じ配給表へ入れる。それでも二週間分足りない。

そこで、種麦を別の石庫へ納めた。鍵は二本。一本は村で最も年長の農婦、もう一本は翌年に初めて畑を持つ十五歳の少年へ渡す。二人が同時に開けなければ種は出せない。袋数は扉へ刻み、毎週、窓から中を確認する。

「足りない二週間はどうする」と村人が問う。

「谷の南に灰を免れた栗林がある。拾った栗は三分の二を拾った家へ、三分の一を共同粉へ。強制ではない。領主館も拾います」

翌朝、ダインが籠を背負うと、農婦たちが続いた。猟師は栗林までの道を払い、木工職人は乾燥棚を組んだ。少年たちは栗の皮をむき、粉屋は麦粉と混ぜても膨らむ割合を試した。税を取られない安心が、隠していた一袋や一刻を外へ出させた。

栗粉の最初のパンは、色が暗く、少し崩れやすかった。村の子どもが一口かじり、「甘い」と声を上げる。

領主館の料理人は蜂蜜を足そうとしたが、ダインは同じパンを配給列で受け取った。特別な白パンを隠していないと分かると、農家も納屋の隅に残っていた栗を共同棚へ持ち出した。数字は毎夕、誰でも見えるよう増えていった。

二週間後、食用棚には灰色の麦袋と栗粉袋が並んだ。冬の不足は埋まり、種庫には春の分がそのまま残った。

年長の農婦と少年が扉を閉め、それぞれの鍵を回す。

石板には新しい文字が刻まれていた。

――食べない麦は、未来のパン。

二つの鍵穴へ初雪が触れ、その奥で春が封じられた。外では栗粉のパンを分ける列が、誰の袋も飛ばさず静かに進んでいた。