罪を斬るひと
処刑人が縄を確かめる音だけが、広場に響いていた。
ピエラは群衆を抜け、絞首台の階段を上った。吊られるのはパンを盗んだ少年だ。盗みは事実だが、飢えた妹へ食べさせるためだった。しかも判決文には、彼が犯していない放火まで加えられている。
「下がれ」
衛兵が槍を向ける。
ピエラは腰の剣《継罪》を抜いた。この剣は、人に結びついた運命を一本だけ斬れる。病死も婚約も処刑も。ただし斬り離された運命は消えず、剣を振るった者へ結び直される。
師はこの剣を『慈悲のふりをした秤』と呼んだ。誰かを軽くすれば、必ず同じ重さが別の皿へ載る。少年を見たとき、ピエラは市場で妹へパンを割る姿を思い出した。あの小さな半分まで罪と呼ぶ法なら、秤の皿を替えるしかない。
少年の首から、黒い縄の影が伸びていた。実物の縄ではない。日没と同時に彼を死へ引く運命だ。
「何をするつもりだ」
処刑人が問う。
「誤字を直す」
ピエラは影を斬った。
少年の首から黒い線がほどけ、地面を這い、彼女の足元へ巻きつく。冷たい輪が喉へ上がった。
同時に、判決書の文字が蠢いた。
被告の名前が少年の欄から消え、代わりにピエラと記される。罪状も移る。窃盗、放火、反逆。群衆の記憶まで塗り替わり、先ほどまで彼女を止めた衛兵が「罪人を捕らえろ」と叫んだ。
少年の縄が外された。
「逃げなさい」
「でも、あなたが」
「運命は斬れても、法までは斬れない」
兵に腕を押さえられ、ピエラは少年と場所を替えられる。首へ縄が掛かった。処刑人は戸惑いながら新しい判決書を読む。
「罪人ピエラ。以上の罪により――」
彼女の首には、まだ締められていないのに紫の痕が浮いていた。身体がすでに処刑後の形へ近づいている。
少年は群衆の端で泣いていた。誰も彼を罪人として見ない。妹が駆け寄り、盗んだパンを半分差し出す。
ピエラはそれを見て、剣を処刑台の下へ落とした。
日没の鐘が鳴る。
床板が開く直前、判決書の末尾にあった「執行済」の文字だけが、先に赤く染まった。