聖火を消した祈り

神殿宮の夜会で、永遠に消えないはずの聖火が突然、黒く沈んだ。

 三十秒の闇のあと、炎が戻ると、聖女クラリスは祭壇の前に倒れていた。首筋には赤い火傷があり、すぐそばに立っていたベアトリーチェを指さす。

「彼女が聖火を消し、闇の中で呪いを放ちました」

 婚約者ラファエロはベアトリーチェを祭壇から突き離した。

「聖火へ手を出す者を妻にはできない。オルサ家との婚約を破棄し、異端者として追放する」

 ベアトリーチェは幼いころ、この炎の前でラファエロとの婚約を祝福された。始まりを見届けた火が、終わりの証人にされている。胸は痛んだが、彼女は膝をつかなかった。

「枢機卿補佐コルネリウス。《聖火灰》を読んでください」

 祭壇脇にいた青年聖職者が進み、火皿の底から灰を一つまみ取った。聖火は命じられて消えた場合、その最後の祈りを灰へ保存する。

 コルネリウスが灰を掌へ広げると、広間にクラリスの声が再生された。

《聖女クラリスの権限により、聖火よ三十秒眠れ。反動の熱は、我が首筋へ浅く返せ》

 灰は金色に燃え、本人の聖印を浮かべて消えた。闇も火傷も、聖女が自分で指定した儀式だった。

「聖火は人を裁きません。ただ、誰の祈りで眠ったかを覚えています」

 コルネリウスは灰を火皿へ戻した。

 クラリスは首元を隠し、ラファエロは声を落とす。

「奇跡を演出しようとして失敗したのだろう。ベアトリーチェ、追放も婚約破棄も撤回する。今夜の件を赦せば、君の信仰深さも示せる」

「赦しを、評判作りの道具にはいたしません」

 ベアトリーチェは祭壇へ置いていた婚約の聖紐を解いた。

「殿下は闇の中で私を見失ったのではありません。灯りがあるうちから、私を見ておられなかった」

 コルネリウスが辺境礼拝堂の鍵を掌に置き、手を差し出す。

「戦災地に、肩書きではなく行いを量る礼拝堂を建てます。誰を助けるかは、あなたが選んでください」

 ベアトリーチェはラファエロへ背を向け、再び燃え上がった聖火の前で、コルネリウスの手を取った。