花婿が先に署名した誓約
大聖堂の婚礼壇で、アルヴァンは花嫁ルクレツィアへ誓約書を突きつけた。
「署名しろ。結婚後に他の男へ心を移したら、持参金も領地も全て私へ渡すと誓え」
参列席の最前列には、侍女フロラがいる。今朝、花婿の控室から髪を乱して出てきた女だ。ルクレツィアが理由を尋ねると、アルヴァンは彼女を祭壇まで引きずり、「婚礼当日に嫉妬で騒ぐ恥知らず」と皆の前で責めた。
「フロラは衣装を整えただけだ。やましいことは何もない。疑うなら、この《相互忠誠誓約》で証明しよう」
本来、アルヴァンが用意したのは花嫁だけを縛る誓約だった。だが大神官から《婚姻の誓いは相互でなければ無効》と指摘され、彼は笑いながら同じ条件を自分にも適用した。自分が裁かれるとは、欠片も考えていなかった。
彼は羽根ペンを奪い、先に自分の名を書いた。誓約は一方だけを縛るものではない。婚約期間まで遡り、裏切った者の署名を黒く染める古い神殿契約だった。
アルヴァンの文字が、たちまち墨のように崩れた。
祭壇へ鐘の音が落ちる。
《第一の違反。二月十日、南館、フロラとの接吻》
《第二の違反。二月十七日、狩猟小屋、フロラとの同衾》
《第三の違反。本日、花婿控室》
金の文字が参列者全員の頭上へ浮かんだ。
「魔法の誤作動だ!」
アルヴァンは誓約書を破ろうとした。だが署名した者による破棄は自白とみなされ、文字はさらに濃くなる。その条項は、彼が「妻の言い逃れを許さない」と追加させたものだった。
フロラが席を立つ。神官は証人欄を示した。そこには彼女自身の署名がある。
《花婿との婚前関係は一切ない》
高価な証人謝礼を受け取るため、フロラは十分前に署名していた。嘘を記した名も黒く燃え、彼女の指へ誓約の鎖が巻きつく。
ルクレツィアは花冠を外した。泣いて逃げるのではない。白い階段を一段下り、持参金目録を父ではなく自分の手へ戻す。
大神官が婚礼用の祝詞を閉じ、代わりに教会裁定書を開いた。
「アルヴァンとフロラに対する偽誓罪、およびアルヴァンの爵位継承資格停止命令を読み上げる」