荷札のついた鞄
琴ヶ浜直冬の通学鞄には、古い荷札が縫い付けてあった。
角は擦れ、持ち手も一度交換されている。岸本達也は新しい革鞄を机に置き、直冬の荷札を指ではじいた。
「旅行帰り? それとも拾った鞄?」
直冬は、祖父から譲られたものだとだけ答えた。
学校の職業体験で、地域最大の物流センターを見学することになった。達也の父は運送会社を経営しており、息子は案内役の社員へ業界用語を並べた。
倉庫へ着くと、直冬は自然に荷崩れした箱を直し、通路を塞いだ台車を安全線まで戻した。
「働かないと落ち着かないんだな」
達也が笑ったとき、センター長と本社社長が現れた。
「琴ヶ浜専務、実証実験の結果が出ました」
呼ばれたのは直冬だった。
琴ヶ浜家は、港湾、宅配、倉庫、航空貨物を束ねる物流グループの創業家。直冬の母が社長で、本人も高校生向け取締役研修へ参加していた。古い鞄は、創業者の祖父が最初の配達で使ったものだった。直冬は運転手付きの車を断り、その鞄を持って電車と徒歩で通うことで、荷物を受け取る側の不便も調べていた。壊れた持ち手も自社の修理部門へ正規料金を払い、特別扱いを受けなかった。
荷札には、直冬が考えた再利用管理用の小さなICタグが埋め込まれている。箱と袋を捨てずに回収する仕組みで、半年間に廃棄費を一億円以上減らしていた。特許の発明者欄には直冬の名がある。
達也は口を尖らせた。
「親の倉庫で試しただけだろ」
社長は監査資料を開いた。達也の父の会社が、空荷の車両を満載と偽って料金を請求していたことが、直冬のタグ記録から判明していた。契約は即時解除となる。
達也の父が駆けつけ、社長へ謝ろうとしたが、最終判断を求められたのは直冬だった。
「不正分は返してもらいます。ただ、運転手の雇用は新会社で引き受けます」
直冬は古い鞄へ新しい荷札を付けた。行き先には、全国展開する循環物流事業の本部名が印刷されている。
社長が事業責任者任命書へ署名した瞬間、達也が拾い物と笑った鞄は、全国の荷物の行き先を決める最初の一個になった。