薬局の体重計

町の薬局には、猫用ではない体重計が一つある。

店主の伊都子が健康相談に使う古い台秤で、看板猫の「分銅」は毎朝そこへ乗る。名前を呼ばなくても、開店準備が終わると自分から座る。

「五・二キロ。昨日と同じ」

分銅は数字を気にせず前脚を舐める。

常連の少年、那由多は学校帰りに薬を受け取りに来ると、必ず猫の体重を訊いた。自分は病気で食欲が落ち、少しずつ痩せていた。

「今日は?」

「分銅は変わらないよ」

「いいなあ」

伊都子は答えず、薬と一緒に温かい麦茶を出した。那由多は一口ずつ飲み、分銅の丸い腹を眺める。

春、少年の食欲が戻り始めた。母親が「三百グラム増えました」と嬉しそうに言う。

その日、分銅は五・一キロだった。

「減ってる」

那由多が心配すると、伊都子は猫の毛を撫でた。

「冬毛が抜けた分かもね」

抜けた毛を丸めると、掌に載る小さな玉になった。那由多はそれを秤へ置こうとして笑う。

夏休み前、少年は店の体重計に乗った。猫用ではないのだから、人が使ってよい。以前より少し増えた数字を見て、分銅へ報告した。

猫は返事をせず、那由多の靴へ頬を擦りつけた。

薬局には乾燥した薬草と消毒液の匂いがある。その中で猫の毛だけは日なたの匂いがした。数字は毎日少しずつ動き、麦茶のカップは飲むたび軽くなった。

那由多は夏休み、薬局の棚拭きを手伝った。礼としてもらったのは薬ではなく、分銅の体重記録をつける役目だった。五・一、五・二、五・二。数字を書いた横へ小さな猫の絵を描く。自分の体重は書かなかったが、母親が用意した昼食を毎日食べた。休憩時、伊都子が麦茶を注ぐと、分銅も水皿へ顔を下げる。二つの器が同時に軽くなり、薬草の匂いの中へ、夏の日なたと焙じた麦の香りが広がった。

夏休みの終わり、記録帳の頁は猫の絵でいっぱいになった。伊都子は棚へしまわず、秤のそばへ置く。分銅が乗るたび、紙から鉛筆と麦茶の匂いがした。