裂けた鷹笛
山城セハルの鷹笛には、縦に細い裂け目があった。
普通に吹けば二つの音が重なる。近くでは濁った笛にしか聞こえないが、谷向こうの鷹は高い方だけを拾う。城主の鷹が谷へ飛べば、隠れている騎兵へ『夜明け前に動け』と伝わる。騎兵は百騎。城を救えないが、北道の追手だけは斬れる。それで十分だった。
鷹匠サイード・ネムルは、降伏の証として敵陣へ呼ばれた。
敵将の幕舎には、城主の白鷹が鎖につながれていた。昼の戦で捕らえられたものだ。敵将は笛を卓へ置いた。
「この鷹を城へ帰せ。脚に開門の命令を結ぶ」
「鷹は主の声でしか飛ばない」
「なら、お前が主の声になれ」
サイードは笛を取った。脚には敵の書付が結ばれている。鷹が城へ戻れば、城兵は偽命令と知っても、敵に通信路を読まれる。谷へ飛ばせば、隠し騎兵が動く。
一度だけの偽装だった。
敵将は短刀を白鷹の胸へ当てた。
「城へ向けて吹け」
サイードは幕舎の入口へ立った。城は北。谷は西。笛の向きでは鷹を騙せない。高い音と低い音の間隔で行き先を決める。
裂け目を親指で半分塞げば、低音だけになる。鷹は動かない。塞がず短く吹けば、高音が先に走り、西谷を指す。
敵将は笛の細工を知らないが、鷹の目を見ている。西へ首を向ければ、その場で殺す。
サイードは北を向き、長く息を吸った。
「城が落ちれば、お前も職を失う」
敵将が言った。
「鷹は旗を選ばない」
「人は選ぶ」
サイードは答えず、笛を吹いた。
最初の低音を長く伸ばし、鷹の頭を北へ向ける。その終わりに指を離し、高音を針のように西へ飛ばした。
白鷹は一度北へ羽ばたき、幕舎を出た瞬間に風へ乗って西へ折れた。
敵将の短刀がサイードの脇腹へ入った。
「騙したな」
「鷹が決めた」
白鷹の脚には敵の偽命令がついたままだ。だが西谷の騎兵は紙を読まない。鷹が来たことだけを合図にする。
敵兵が弓を持って幕舎を飛び出す。白い翼はもう夜へ溶けていた。
遠い西谷に、騎兵招集の三角旗が一本上がった。