見なかった鳥

 新倉琴葉は、古書喫茶「渡り木」の窓際で、古い野鳥図鑑をめくっていた。

 前の持ち主は毎年同じ湖へ出かけたらしく、渡り鳥の頁に日付と天候を書いている。

「四月十二日 晴 六羽」

「四月九日 霧 一羽」

「四月十五日 雨 見ず」

 見つけられなかった年も、空欄にせず記録されていた。ある年は「声だけ」、次の年は「風が強く、十分で帰る」。そのどれにも×はついていない。

 琴葉は明日、三週間ぶりに丸一日休めるはずだった。朝から湖へ行くつもりで、双眼鏡も準備している。ところが夕方、上司から休日出勤を頼むメッセージが来た。必須ではないが、人手が足りない。断ればほかの誰かが出ることになる。

 天気予報は雨だった。湖へ行っても、目当ての鳥は見えないかもしれない。成果のない休日なら仕事へ回したほうがましだ、と琴葉は考えた。写真投稿のアカウントにも、毎週必ず一枚載せている。雨で撮れなければ更新も途切れる。

 閉店前、店主はカウンターの古い再生機へ一枚の音源をかけた。森の環境音だった。最初の一分、聞こえるのは葉擦れと遠い車だけ。琴葉は鳥の声が始まると思って待ったが、店主は早送りしなかった。

 やがて一度だけ、短い鳴き声がした。その後はまた風の音になった。店主は曲名も鳥の名も告げず、図鑑の会計を済ませる。包装するとき、観察記録の「見ず」の頁へレシートを挟んだ。

 琴葉は上司へ、「明日は予定があるため出勤できません」と返した。湖で何羽見る予定かは書かない。雨なら十分で帰るかもしれないし、喫茶店で朝食を食べて終わるかもしれない。それでも予定は予定だった。

 次に、写真アカウントの予約投稿を解除した。代わりの過去写真を探すこともしなかった。休日を成果で説明する癖まで、明日の雨に持っていく必要はなかった。

 店を出ると小雨が始まっていた。琴葉は傘を開き、明日の欄へ「湖」とだけ入れる。見た鳥の数を書く場所は空けておいた。

 何も見なかったとしても、その日がなかったことにはならない。図鑑の余白には、雨と風と、十分で帰ったことまで、同じ筆圧で残っていた。