角砂糖は三個ずつ

久賀原泉は、社内カフェでコーヒーに角砂糖を三個入れる。推している探偵ドラマ〈北窓事件録〉の主人公・犀川が、考え事をするとき必ずそうするからだ。味は少し甘すぎる。それでも三つ沈む音を聞くと、仕事の頭へ切り替わった。

ファンアカウント〈三番目の砂糖〉では、各話に出てくる喫茶店を再現して投稿している。顔も会社も出していないが、界隈では知られた名前だった。

ある昼、同僚がスマホを見ながら笑った。

「このアカウント、毎回砂糖三個で写真撮ってる。大人がドラマの真似って、ちょっと怖くない?」

画面には泉の投稿が表示されている。泉はカップを持ったまま動けなかった。今日は角砂糖をまだ二個しか入れていない。三個目を取れば、自分だと告白するように思えた。

向かいに座っていた営業部長の宮地貴子が、同僚のスマホを伏せさせた。

「本人が公開していない情報を探す遊びは、やめましょう。趣味を笑う話にも参加しません」

強い声ではないのに、同僚は謝って席を立った。

貴子は砂糖入れから一個取り、泉の皿へ置いた。

「三つ目、要りますか」

泉は顔を上げた。貴子のカップにも、溶けかけた角砂糖が三個ある。

「部長も犀川推しですか」

「第一話から。三番目の砂糖の記事も読んでいます。でも、あなたが書いているとは今まで知らなかった」

泉は信じきれず、どうして気づいたのか尋ねた。

「今、三個目を取らなかったから」

隠そうとした動作が、かえって自分を明かしたらしい。泉は恥ずかしくなったが、貴子はアカウント名を口にせず、フォロー画面も見せなかった。

「職場で話題にしないでください」と泉が言うと、「約束します」と即答した。

翌日、泉は社内カフェでコーヒーを買った。同僚たちが近くにいたが、砂糖入れの前で迷わない。一個、二個、三個。

甘すぎる味は変わらなかった。ただ、それを幼い真似として自分から罰する必要はなくなった。

貴子は離れた席で同じ数を入れていた。二人は目を合わせず、それぞれのカップを持って午後の会議へ戻った。