訳さなかった一文

礼奈は原稿を受け取ると、最初に最後の一文へ黄色い線を引いた。

――夫には連絡しないでください。

「本文より先にそこ?」と聞くと、彼女は共有ファイルをロックした。翻訳者は言葉を開く仕事なのに、彼女は何でも閉じたがる。

私たちは国際支援団体の広報記事を訳していた。海外へ逃れた女性の手記で、礼奈の初稿は直訳ばかりだった。私は硬い文章を読みやすくし、匿名の語り手に輪郭を与えた。故郷の町、子どもの年齢、夫が勤める工場。具体性がなければ、読者は寄付をしない。

以前の記事も、年齢や職業を補った途端に寄付額が倍になった。礼奈はそのたび「本人確認を」と言ったが、救われる人数の方が大切だと私は教えてきた。

礼奈は「特定される」と反対したが、地名を一文字伏せれば十分だと思った。締切前夜、彼女の権限を外し、私が完成版を保存した。

公開判定の会議で、礼奈がその原稿を自分の名前で提出した。

「翻訳と編集は、私が担当しました」

息が詰まった。私の文章を使いながら、手柄だけ奪うつもりだ。

「比喩も構成も私が直した」

「だから、私の責任として公開を止めます」

「良い記事なのに?」

「本人の避難先が分かります」

礼奈は原文と私の版を並べた。原文では町も年齢も工場も伏せられ、取材メモにだけ記されていた。私は「臨場感の参考」として渡された情報を本文へ戻していた。

私は説明した。被害をぼかしすぎれば、作り話だと思われる。読者の善意を動かすには、多少の危険を引き受ける必要がある。本人も世界に訴えたいから手記を書いたのだ。

「訴えたい相手を、本人が選べるようにするのが同意です」

礼奈は、公開前の原稿が夫側の関係者に閲覧された可能性も報告した。私が確認用リンクを、寄付企業の一斉メールへ入れていたからだ。

記事は凍結され、私の過去の編集も調べられることになった。礼奈が自分の仕事だと言ったのは、称賛を得るためではなく、削除権限を確保するためだった。

私が「余韻が悪い」と消した一文だけが、原文では太字になっていた。