謝罪曲の主語
人気歌手・鵜飼ヶ谷シエナは、生放送で匿名作曲家の謝罪曲を歌うことになった。
半年前、バックダンサーが舞台装置から落ち、重傷を負った。事務所は整備不良と発表したが、事故直前に装置を動かすよう命じたのはシエナだという噂が消えなかった。
曲名は『MY FAULT』。作曲者欄は空白。
イントロで、誰かが床へ手をつく音がした。続いて、息を殺した女の声。
「私のせい」
シエナは黒い衣装で歌い始めた。Aメロは弱く、サビへ向かうほど声を震わせる。視聴者には、傲慢なスターがようやく罪を認めた感動的な演出に見える。
舞台袖で、矢来珊瑚は杖を握っていた。落下したダンサー本人であり、この曲を書いた匿名作曲家でもある。
事故後、事務所の会議室で、珊瑚は何度も言わされた。
「私のせい」
振付を間違えた。勝手に立ち位置を変えた。装置の警告を聞かなかった。そう録音すれば治療費を出すと迫られた。シエナは隣で黙っていた。
珊瑚はその録音を切り刻み、謝罪曲へ埋め込んだ。事務所は、被害者が書いたと知らず「心に刺さる」と採用した。
サビが弾ける。シエナが高音で〈私〉を伸ばすたび、背後から珊瑚の声が重なる。だが二つの声は微妙に違う拍に置かれていた。
スクリーンへ発言者ラベルが出る。
〈歌唱:鵜飼ヶ谷シエナ〉
〈原音声:矢来珊瑚〉
シエナが歌を止める。しかし伴奏は続き、会議室の録音が鮮明になる。
――装置を上げて。怖がる顔が映えるから。
――危険です。
――責任はあなたが取ればいい。
最終サビ。珊瑚は杖で拍を取りながら舞台へ出た。シエナのマイクを奪わず、隣に立つ。
「私のせい」
最後だけ、その言葉はシエナの告白ではなく、珊瑚が強制された偽りの自白そのものだった。
最後の一音で、曲名の〈MY〉に取り消し線が入り、〈YOUR FAULT〉へ変わる。作曲者欄には矢来珊瑚。
シエナの口は動いたが、もうマイクは拾わない。全国へ流れたのは、珊瑚が初めて自分のせいではないと証明した、杖の一打だけだった。