貸与PCの返却日

畑中楓花は、二台のノートパソコンを並べて内定通知を読んだ。

左は今の会社からの貸与品。角に管理番号が貼られ、起動すると社内チャットが自動で開く。右は自分で買った古いパソコンで、転職用のポートフォリオを作ったものだ。キーの一つが外れかけている。

内定先は、五十人ほどの映像制作会社だった。未経験に近い楓花をアシスタントとして採用する代わりに、契約社員からの開始になる。今の会社は大手で、正社員。仕事は安定しているが、毎日、誰かが作った資料の数字を別の表へ移すだけだった。

返却申請フォームには、退職予定日を入力する欄がある。内定を承諾すれば、左のパソコンをその日に返す。右のパソコンでは、これからも作品を作ることになる。

二十九歳で契約社員へ移るのは、坂を下るように見えた。職歴の欄で説明しにくくなる。更新されなければ、半年後にまた転職だ。

楓花は左のパソコンで残業申請を開いた。今月も三十時間を超えている。右のパソコンには、落選した映像公募のデータが残っていた。完成度は低い。それでも、作っていた夜のほうが、自分が何に時間を使ったか覚えている。

左のパソコンには、住宅手当や有給残日数をまとめた社内ページが開いていた。右の画面には、契約終了後の生活費を計算した表がある。楓花は貯金で何か月持つかを確認し、無謀と呼ばれる範囲と、自分が負える範囲を分けた。

履歴書の雇用形態だけを見れば、後退に見える。それでも、肩書きの矢印ではなく、毎日どちらの画面を開きたいかを基準にしたかった。

内定先へ電話し、契約更新の基準と、正社員登用の実績を尋ねた。良いことだけではなかった。更新は半年ごとで、登用は約束できないと言われた。

曖昧さを聞いたうえで、楓花は承諾した。

退職予定日を入力すると、返却物一覧にパソコン、充電器、社員証と表示された。安定まで一緒に返すようで、指が止まった。

楓花は右のパソコンの外れかけたキーを押し込み、左の画面で申請を送信した。壊れそうな道具で始める未来を選んだことを、会社の規模にも若さにも代わりに責任を取らせないためだった。