返信は明日の朝
由良が眠りかけた午後十一時四十八分、母からチャットが連続して届いた。
〈大変〉
〈どうしよう〉
〈すぐ返事して〉
由良は跳ね起きた。事故か病気かと思い、画面を開く。
〈カーテン、青とベージュどっちがいい?〉
通販サイトの画像が二枚続いていた。
由良は枕へ額を押しつけた。母の「大変」は、電球が切れた日にも、父が牛乳を買い忘れた日にも使われる。返さなければ電話が来るため、由良は毎晩、母の不安に起こされてきた。
返信欄へ〈ベージュ〉と打ち、消した。
代わりに、チャットの通知設定を午後十時から午前七時までオフにする。自動応答は使えないので、一文を送った。
〈夜十時以降のチャットは、翌朝返します〉
すぐに〈今だけ教えて〉と来る。
〈緊急なら電話を二回続けてかけて〉
〈買い物の相談は明日〉
母から一度だけ着信があった。由良は出なかった。二度目は来ない。
翌朝七時十五分、由良はスマートフォンを開いた。母から〈もう青を注文した〉とある。世界は由良の返事なしでも進んでいた。
〈青、いいと思う〉
母から〈昨日冷たかった〉。
由良は朝食のパンを焼きながら返す。
〈冷たくしたんじゃなくて、眠る時間を守った〉
〈急ぎでない相談は朝にして〉
しばらくして、母から〈分かった。夜は送るだけにする〉と来た。
〈送るのも朝にまとめて〉
また間が空き、〈努力します〉。
由良は本当の緊急を見落とすことだけが怖かった。そのため、母の住所と近所の連絡先を紙にも控え、着信音は二回続いた場合だけ気づける設定にした。境界線を引くことは、何もかも放置することではない。必要な道を一本残し、それ以外の小さな騒ぎを夜の外へ置く作業だった。設定を保存すると、画面に月の印が現れた。
完全な約束ではない。それでも由良は通知時間を元へ戻さなかった。トースターが鳴る。焦げる前に取り出せたパンへバターを塗り、朝の明るさの中で、昨夜届いた二枚のカーテンを見比べた。返信する時刻は、もう母の「大変」ではなく、自分の時計が決める。