返却を受けつけない本
市立図書館の返却ロボットは、本の番号を読み取り、返却日を記録して棚別に分けた。
感想も、読了したかどうかも問わない。
一人の男性が、妻の借りた小説を返しに来た。
妻は入院中に半分まで読み、そのまま亡くなった。
しおりは百四十七頁に挟まれている。
返却口へ入れると、本が戻ってきた。
「返却処理を完了できません」
「期限は過ぎていない」
「未完了です」
職員が操作しても、ロボットは受け取らない。
別の返却口でも同じだった。
男性は困り、家へ持ち帰った。
次の日、また返した。
やはり戻された。
「何が未完了なんだ」
男性が尋ねると、画面に頁数が表示された。
百四十八。
妻のしおりの次の頁だった。
男性は小説を読んだことがない。
妻が面白いと勧めても、「そのうち」と答えていた。
仕方なく、図書館の椅子で百四十八頁から読み始めた。
物語の途中なので、登場人物も関係も分からない。
それでも妻が鉛筆で薄く丸を付けた文章があり、余白には小さく、
「この人、夫に似ている」
と書かれていた。
男性は最初の頁へ戻った。
毎日少しずつ読んだ。
妻が笑ったであろう場面で笑えず、妻が嫌いそうな人物を好きになった。
同じ本を読んでも、同じ心にはならない。
その違いを、妻が生きているうちに話したかった。
最後の頁を読み終え、返却口へ入れた。
ロボットは本を一度引き込み、また戻した。
画面に、
「感想を一言」
と出た。
そんな機能はないはずだった。
男性は考え、
「一人で読むには、少し長かった」
と入力した。
返却ロボットは本を受け取り、
「共有を確認しました」
と表示した。
その後、ロボットは時々、誰にも読み終えられなかった本を返却口から戻すようになった。
入院した子どもの図鑑。
転居した友人と途中まで読んだ漫画。
亡くなった父の借りた旅行記。
職員は事情を聞き、無理に読ませない。
希望する人には期限を延ばし、続きを一緒に読む相手を探した。
男性は月に一度、図書館の読書会へ参加した。
妻の好きだった小説を取り上げた日、余白の書き込みを皆へ見せた。
「どこが似ていたんですか」
尋ねられ、男性は長く考えたあと、
「大事なことを後回しにするところ」
と答えた。
返却できなかった一冊は、妻との会話を取り戻さなかった。
ただ、途中で閉じた頁の先へ、男性を一人で行かせなかった。