退勤はテーブルの下

在宅勤務の金曜日、仕事が終わったのは二十時四十一分だった。

会社のパソコンを閉じても、食卓の上には黒い長方形が残る。充電器、イヤホン、メモ帳、飲みかけの水。昼に食べたカップスープの容器まで横にあり、部屋の半分がまだ勤務中だった。

通勤していたころは、駅から家まで歩く十五分で少しずつ社員ではなくなれた。今は会議画面を閉じた瞬間、同じ椅子で夕食を食べる。窓に映る自分だけが、退勤したことを知らない。上だけ仕事用のブラウス、下は部屋着のパンツという格好も、朝から変わっていなかった。着替えれば区切れると分かっているのに、そのために立つことさえ勤務の続きに思えた。

チャットの状態は「退席中」になった。それでも通知が一件届き、反射的に画面を開きかける。月曜でいい連絡だった。分かっているのに、食卓にパソコンがあると、返事をしないことが無視に思えた。

私は冷凍庫からグラタンを出し、電子レンジへ入れた。温まるまでの五分で机を片づけようとする。イヤホンをケースへ入れ、メモを重ね、充電器を抜く。ところが、収納場所を決めていないので、どれも食卓の端へ移動しただけだった。端はもう、未処理のものが仮住まいする細い町になっている。

パソコンを棚へしまうには、棚の前の紙袋を片づけなければならない。紙袋の中には、先月の書類がある。五分の退勤が、書類整理へ伸びていく。

電子レンジが鳴った。

私はパソコンを両手で持ち、食卓の下へ置いた。床に直接ではなく、昨日届いた雑誌の上。充電器もイヤホンも、その上へ重ねた。丁寧な収納ではない。ただ、座った場所から画面が見えなくなった。

グラタンを食卓へ置く。仕事のメモは端に残っていたので、裏返した。湯気で眼鏡が少し曇った。

足元には会社がある。月曜日になれば、また引き上げる。部屋と職場を完全に分けられなくても、今夜の視界から消すことはできた。

私はチャットの通知を切り、スプーンを入れた。焦げたチーズの下は熱かった。二十時五十分、ようやく金曜日が始まった。