酸素割当の生体署名
星間航海士学校の訓練艇で、ナギ・イサラの酸素だけ残量一パーセントになった。
班長のレオン・クロウは通信越しに笑う。
『辺境出身者なら真空にも強いだろ。謝罪を百回送れば戻してやる』
同じ班の訓練生たちは黙っている。反論した者は次の配給を削られると知っていた。レオンはナギの食事配給を減らし、寝台の重力を反転させ、訓練成績を「機器故障」で消してきた。
ナギは息を整え、制御卓へ入力する。
「酸素割当の変更理由を確認します」
画面には『本人希望による耐久試験』とある。承認者欄はナギの名だった。
『おまえが勝手にやった証拠だ。教官には自傷行為と報告する』
レオンは余裕を見せ、通信記録へ正式報告を送った。
『班長クロウ。イサラ訓練生が注目を集めるため酸素を遮断』
送信と同時に、制御卓が赤く光る。
「報告者の生体署名を照合します」
変更命令はナギの名前を表示していたが、入力時の脈拍、虹彩、指圧はレオンのものだった。彼はナギの認証カードを盗んだだけで、生体署名まで偽装できていない。
『訓練用だから実害はない』
「残量一パーセントが訓練範囲だと、署名しますか」
苛立ったレオンは自分の指を確認板へ押しつけた。
『署名する。泣かせるまでが指導だ』
その瞬間、訓練艇の隔壁が開き、酸素が戻った。これは教官が異常を検知して切り替えた隔離訓練区画だった。
レオンの署名は、酸素遮断の故意と目的を確定させ、中央航法局へ送信される。過去の配給変更も同じ生体特徴で検索され、ナギ以外の三人に対する嫌がらせまで一覧になった。
通信画面へ校長と宇宙保安官が現れる。
レオンは急に穏やかな声を作った。
『ナギ、誤解だった。班の絆を試しただけだ』
ナギは空になった酸素計を外し、カメラへ差し出す。
「この残量で、絆は測れません」
校長が航海士資格審査書を閉じ、保安官が拘束命令を読み上げた。
『レオン・クロウ。生命維持装置への不正操作、認証盗用および継続的虐待により、退学処分ならびに逮捕を命ずる』