金曜日の未処理

佳澄は、金曜日に仕事を残せなかった。

研究補助員として、実験データの整理を担当している。週末を挟むと手順を忘れる気がして、毎週、すべてのファイルを確認してから帰った。誰にも求められていないのに、最後の一人になるまでパソコンの前にいた。

その金曜も、時刻は二十時を過ぎていた。研究室には冷蔵庫のモーター音と、遠くの掃除機の音だけがする。未処理のデータは十二件。自動計算を回せば一時間、結果の確認に三十分。終電には間に合う。

佳澄はコンビニのおにぎりを机に置き、封を開けずに作業を続けた。空腹は集中している証拠だと思えば耐えられた。休憩すると、疲れている自分に気づいてしまう。

九件目を開いたとき、数値の列を一つずらして貼り付けた。すぐに気づき、元へ戻す。心臓が速くなる。もし気づかなかったら。もしこれまでにも同じことをしていたら。不安に駆られ、今日処理した全件を最初から見直し始めた。

一件目、二件目。画面の数字がにじむ。目薬をさし、首を回す。確認するほど、何を確認したか分からなくなる。それでも週末へ持ち越すことだけは避けたかった。未処理の表示が残っていると、土日も頭の中で赤く点滅するからだ。

机の隅に、研究室の休日予定表があった。教授も院生も、明日は不在になっている。データは月曜まで誰も使わない。それでも佳澄は、未来の自分に仕事を渡すことを、他人への押しつけのように感じていた。

十件目を開こうとして、マウスを持つ手が震えた。佳澄は一度、両手を膝に置いた。おにぎりの海苔の匂いが、包装の外まで漂っている。

未処理フォルダを開き、名前を変えた。

「残り三件_月曜確認」

それだけで、失敗を保存したような気分になった。佳澄はファイルを閉じ、パソコンを終了する。自動計算を夜通し回すこともしなかった。

おにぎりを食べてから帰る。冷たい米が喉を通る。研究室を出るとき、照明の下に未処理の三件が見える気がした。けれど佳澄は戻らなかった。

駅のホームで、週末の予定表を開く。土曜の欄には「再確認」と書いてあった。佳澄はそれを削除し、何も入れない。月曜の自分が困るかもしれない。少し焦るかもしれない。それでも金曜日の自分は、すべてを終えてからでなければ帰れないという決まりを、未処理のまま残した。