鉢植えは連れていけない

「この鉢植えは、連れていけません」

園芸店の裏庭で、野上佳奈はレモンの若木を見上げながら言った。

森本啓太が仙台店へ転勤することになり、社員寮は大きな植物の持ち込みが禁止されている。二人で三年育てた木は、ようやく今年、白い花をつけたばかりだった。

啓太は水やりの曜日を守り、佳奈は肥料の量を決めた。閉店後に新芽を数える時間が、いつから仕事以上になったのか分からない。けれど木の名札には《店舗管理》としか書かれていなかった。二人の関係も似ていた。名札がなければ、誰のものなのか説明できなかった。

初めて蕾を見つけた朝、啓太は開店前の佳奈へ写真を三枚送った。風で鉢が倒れた夜には、二人で泥だらけになって植え直した。思い出の多さに比べ、別れの準備はあっけない。制服を返し、ロッカーを空にすれば、彼の転勤手続きは終わってしまった。

最終勤務日、啓太は鉢を佳奈の部屋のベランダへ運んだ。店に置けば誰かが世話をする。それでも彼は、佳奈に預けたいと言った。

「枯らしたら困ります」

「毎週、写真を送ってください」

「植物の経過報告ですか」

啓太は首を横に振り、鉢の裏側に貼った新しい管理票を見せた。

《管理者 佳奈・啓太》

《現地確認 来月第一土曜》

その下には、仙台から東京までの列車番号。翌月は佳奈が仙台店へ行く予定になっていた。新店舗近くの植物園も二名で予約されている。

佳奈は管理票の《植物園》《デート》へ書き換えた。啓太が目を見開く。

「言葉が正確じゃないと、引き継げません」

「では、この木の関係は?」

佳奈は《店舗管理》の古い札を外し、《二人の木》と書いた札を挿した。そのまま土を払おうとする啓太の手を取り、指を絡める。

「佳奈」

「写真だけで満足しないで、会いに来てください」

啓太は一回目の列車をその場で確定した。二人で鉢を窓際へ寄せても、つないだ手だけは離さない。

この鉢植えは連れていけない。

だから啓太は、置いていくものではなく、戻ってくる理由として佳奈へ預けた。