銀のヘルメットを被せない
配信開始十秒前、銀色のヘルメットが七瀬冬馬の胸へ押しつけられた。
「カメラは回ってる。行け!」
人気配信者であり企画責任者の牙城レオが、前の人生と同じ笑顔で叫ぶ。巨大な特設ランプの向こうには、炎の輪と二十メートルの着地点。挑戦するのは、冬馬の後輩で十七歳のスタントライダーだった。
前の人生で冬馬は安全確認を急かされ、後輩へヘルメットを渡した。バイクがランプへ乗った瞬間、支柱が折れた。少年は観客の前へ投げ出され、配信は一億回再生された。
レオは「本人が無断で速度を上げた」と説明した。だが冬馬は後に、派手な映像を撮るため、レオが支柱の固定ボルトを一本抜かせていたと知った。
二度目の十秒前。
冬馬は銀のヘルメットを抱えたまま、後輩の前へ立つ。
「行かせない」
コメント欄が一斉に流れる。
《びびった?》
《プロ失格》
《早く飛べ》
レオが笑顔を消す。
「違約金、払えるのか?」
「葬式代より安い」
冬馬は配信を切らなかった。逆にカメラをランプの下へ向け、検査用の無人バイクへ砂袋を固定する。
「安全だと言うなら、まず同じ速度でこれを走らせます」
遠隔スロットルを入れる。無人バイクが加速し、ランプへ突入した。
前輪が坂を上り切る直前、左支柱が横へ折れる。ランプは紙のように潰れ、無人バイクが安全砂場へ転がった。抜かれた固定ボルトの穴が、カメラに大写しになる。
観客の悲鳴は上がったが、誰も倒れていない。
レオは配信端末を奪おうとする。冬馬は銀のヘルメットに付いた小型カメラを起動した。前回、レオ自身が「一本抜けばもっと跳ねる」と指示した準備映像が自動再生される。
コメント欄の流れが反転した。
《止めて正解》
《殺人企画じゃん》
《後輩、生きてる!》
事故が起きたはずの午後八時。以前は救急搬送を知らせる赤い速報が画面を覆った。
今度は運営会社から青い認証が届く。
《企画中止。出演者全員の無事を確認》
《安全責任者を七瀬冬馬へ変更》
後輩は銀のヘルメットを受け取らず、冬馬へ返した。
「次は、あなたが大丈夫と言った時だけ走ります」
それは前の人生では聞けなかった、未来を預ける言葉だった。