銀瓶の毒見
銀の小瓶が、調合台の上で涼しげに光っていた。
「品質は私が保証します」
薬材商ザファルは、前の人生と同じ言葉で独占供給契約を差し出した。
錬金術師エノラは、希少な月露を安定して仕入れられると喜び、署名した。だが最初に届いた月露は偽物だった。治癒薬へ一滴混ぜた瞬間、工房が爆発。患者三人が傷つき、ザファルは「錬金術師の配合ミスだ」と契約書を証拠にした。
賠償で工房を失い、偽薬師の焼印を押された夜、エノラは契約日の朝へ戻った。
同じ銀瓶。同じ青い火。同じ、契約書を押さえるザファルの宝石指輪。
「これを逃せば、次の入荷は一年後ですよ」
前回は焦った。病院から大量注文を受け、材料が必要だった。
エノラは瓶を手に取る。
「では、今ここで一滴使います」
ザファルの指輪が調合台を強く叩いた。
「契約前の商品を勝手に開けるな」
「品質を保証するのでしょう?」
「月露は空気に触れると価値が落ちる」
それも嘘だ。本物は空気に触れると甘い香りを放つ。前の人生で、牢獄の薬学書を読み尽くして知った。
エノラは栓を抜いた。
香りはない。代わりに、鼻を刺す金属臭。
銀匙へ一滴落とし、青い火の上へかざす。普通なら乳白色になるはずの液体が、黒い針状結晶へ変わった。衝撃を与えれば爆ぜる火鉱油だ。
ザファルが瓶を奪おうとする。
エノラは匙をそっと水槽へ沈めた。小さな爆発が起こり、水が天井まで跳ねる。契約立会人の薬師組合長は、濡れた眼鏡を外しながらザファルを睨んだ。
「治療院へ納める薬材に火鉱油を混ぜたのか」
「違う! その女がすり替えた!」
「封印は、あなたの商会印のままです」
組合長が瓶底を魔鏡へ映す。二重底に隠された製造符が浮かぶ。《ザファル私設鉱山・第三精製所》。
さらに契約書の裏から、事故時の責任をすべてエノラへ負わせる条項が現れた。
前の人生では正午、工房の警報石が真っ赤に染まり、《爆発発生》と鳴った。
鐘が十二回鳴る。
警報石は静かなままだ。
代わりに組合長の認証板が光った。
《危険薬材の摘発により、錬金術師エノラを一級鑑定官へ任命する》
ザファルが初めて、「契約してください」ではなく「証言を取り下げてください」と懇願した。