鍵は制服のポケットに
引っ越し前、梢は高校の制服を処分しようとして、胸ポケットの縫い目に硬いものを見つけた。
糸をほどくと、小さな銀色の鍵が落ちた。
透子と使っていた、鍵付き交換日記の鍵だった。
二人は吹奏楽部の帰り、音楽室の譜面台に日記を隠した。鍵は一つしかなく、読んだ側が次の相手へ手渡した。
三年の卒業式の日、透子は日記を梢に渡したが、鍵が見つからなかった。
「たぶん制服のどこか」
透子はそう言って笑った。
梢は、最後の頁を読めないまま別れた。
卒業後も連絡は続いた。透子は結婚し、子どもが生まれ、梢も別の人を好きになった。年賀状の家族写真を見ても、梢は穏やかに祝えた。それでも鍵のない日記は、開ければ当時の呼吸まで戻り、今の誰かを裏切る気がして、ずっと箱の底に置いていた。留め金を壊すことだけはできなかった。
銀の鍵を差すと、留め金は驚くほど簡単に外れた。
最終頁には、透子の細い字があった。
〈梢が好きだった。返事はいらない。鍵は返さなくていい。あなたが持っている間だけ、この気持ちは私の恥じゃなくなるから〉
梢は床に座ったまま、制服の膝を撫で、長く息を吐いた。鍵穴の周りには、開けられなかった年月ぶんの細かな傷があった。
高校生の自分も透子が好きだった。けれど、それを友情と呼ばなければ二人でいられないと思っていた。今さら伝えて、過去を別の結末に変えたいわけではない。
ただ、あの頃の自分が一人で勘違いしていたのではなかったと知るだけで、胸の奥の暗い部屋に窓が開いた。
梢は今日、同居する恋人の家へ移る。女性と暮らすことを家族にはまだ曖昧にしている。
透子の告白を、自分が隠れるための美しい思い出にしてはいけないと思った。
制服は処分した。日記は新居へ持っていく。
銀の鍵を、これから使う家の鍵と同じリングに通した。
玄関で待つ恋人へ電話をする。
「着いたら、家族に一緒に連絡してほしい」
声は震えたが、鍵はもうポケットの裏に隠さなかった。
二つの金属が触れ、歩くたび小さく鳴った。